金玉さん(詩)

 「あー、金玉さん?」
我々3人がよくいく安いバーの店長。彼の知っているような口ぶりに驚く一向。
「え、ご存知なんですか?」
「うちにもくるしねー、たまに」
「えー」
「俺の嫁が仕事で支援の担当しててさあ、ほらあの人元ボクサーで、パンチ受けすぎちゃってああいう状態じゃない?」
「あの人ボクサーだったんですか!」
「らしいよ?なんか賢かったらしいし、昔は結構モテたって」
「店長が結構繋がりあるのもビックリだけど、あの人が元々ボクサーっていうのも驚きです」
「悪い人じゃないからさあ、まあでも急に叫ぶから店には入れないけどね」
 私たちが、勝手に神の化身ではないかと思っていた路上の変な人。その人の意外な過去を思いがけないところで知る。色々なことが実は繋がっていて、すでに私たちはその絡まりの中にいたのだという事実。この街は金玉三郎で繋がっている。私たちがこの安いバーに立ち寄っているのも必然だったのではないか。そんなことを思うとまるでミステリーの最後、ほろ苦い解けない謎を味わうようなそんな気持ちになる。
 「パンチドランカーで、ああなってるのはちょっと可哀想で笑えないよ、おれ」
 友人が言う。
「でも、なんかあの人馬鹿にして笑ってたわけじゃないじゃん。なんか、面白いいい人って感じで。子供は宝だ!とか結構普通に言ってることはまともだし、あのひとなりに全力で生きてるんだろうなって思うとやっぱ敬うべき対象だと思うよ。街の人がみんなそれ受け入れてるのもなんかいいし。」
「それはそう!」
 彼女は満面の笑みで言う。我々3人が次に金玉三郎に会う日はいつであろうか。その時にはなんだったら酒を酌み交わしたい気持ちすらある。私たちはこの街のネットワークの端々に神を感じ、そしてその導きによって今集まっているのだ。
「あ、シガニーだ!」
 シガニーと呼ばれる巨大な黒い犬が店の前に繋がれる。このお店の常連が連れてきたのだ。名前の由来はシガニーウィーバーらしい。3人で巨大な犬にじゃれつく。
 「まあでもこうして3人でまた集まれてよかったよ、一時はもう集まらないと思っていたから」
「そうだね」
 シガニーは嬉しいとも悲しいともつかない表情で涎を垂らしている。雨上がりの江戸川区。私たちは3人でまた集まった。それはとても良いことのように思う。善なることのように思うのだ。

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