眞人はどう生きるか
『君たちはどう生きるか』感想第2弾です。例によってネタバレを避けることはできないので、鑑賞後の方のみよかったらご覧ください。
美しいだけではない世界
「眞人なら今よりもっと美しい世界が作れる」
と悪意のない白い積み木を見せた大叔父。眞人は断り、母のいない、美しいだけではない世界でも生きていくことを選びました。
この時眞人が選んだ、以前の眞人なら飲み込めなかった世界・現実は何か、考えていきたいと思います。
まず、眞人があの大叔父のいる世界に至るまで、眞人が見てきたことを挙げていきます。
・初っ端の火事
炎の描写は凄まじいものがありましたね。舐めるような炎に、眞人が脇目も振らずに町を駆け抜ける様、その時の周りの人間たちの書き方にゾクッとしました。目を背けたくなる光景でした。大事なものを焼き尽くしていった炎が、眞人にも私たちにも鮮明に記憶に残ったことと思います。
・新しい母(しかも母の妹)
ナツコと同乗して屋敷に向かう際、ナツコが眞人の手を掴んで自分のお腹にグッと押しつけたシーン。あれ、物凄くこわかったです。私はナツコさんのこういうメッセージを受け取りました。
『私はあなたのお父さんに愛されているの。これから私たちは家族になるの。だからあなたもわかってね』
お腹を強引に触らせられることで、自分の母ではない現実を突きつけられた感じがしました。眞人の母を失った悲しみは、夢にまで出てくるくらいまだ尾を引いているのに、心が追いつかないですよね。
・老人たちの隠しきれない欲
運んできた荷物にばぁやたちに寄ってたかって蠢いていた描写、私はあのシーンで人間の欲みたいなものを感じて気持ち悪さを覚えました。
(ですが、あのシーンは戦争下ということを考えると無理もないのかもしれません。ただでさえ、物もなく贅沢ができない時代にあのスーツケースがあったら、宝箱のように思えたのかもしれません。なので、私が現代の感覚で受け取ってしまって気持ち悪いなと思ってしまったのかもしれません。)
眞人も少し恐ろしいものを見たような反応をしていたようにも見えました。
・転校初日の喧嘩、疎外感
疎開してきた髪の短くない都会モン、お金持ち、しかも登校初日に車で乗りつけてくる奴なんて、誰が快く迎え入れてくれると思いますか?(父、ホント余計なことしてくれるわ…)
あの乱闘の見物人に眞人の味方なんて多分いなかったと思いますが、眞人は服も体もボロボロになってもやり返して帰路に着いていました。
家でもひとり、学校でもひとり。そもそも戦争下。自分の力ではどうしようもない現実が繰り広げられていく中、
『どうにでもなってしまえ』
とあの石を手にしたのではないでしょうか。
・生々しい生き物たちの大群
アオサギとの初めの戦いで、池の鯉や蛙がうじゃうじゃとわき出して眞人の体を埋め尽くさんとするシーンは共感してくれる方も多いと思うのですが、あそこはすごく気持ち悪かったです。苦手な生き物がいっぱい。心の中で「ひぇぇぇぇ!」と悲鳴を上げました。
狭間で出会った生き物
大叔父が行方不明となった館で、床が沈んで辿り着いた世界。キリコが「死んだものの方が多い」と言っていたので、死後の世界というわけでもなさそうなので、この世界のことを私は『狭間』と呼ぼうと思います。
狭間の世界には食物連鎖に関わる生き物がいくつか出てきたので、生き物たちことを整理することで私の言いたいことに近づけたいなと思います。
・ヌマガシラ
キリコが捕獲してかっこよくかっ捌いていた大きな魚です。ヌマガシラの大きな体は解体されて、黒い影たちや後述する白くて丸い生物・ワラワラが食べます。ワタはワラワラたちの貴重な養分だそうですね。
・ワラワラ
まっくろくろすけの対極の生き物、キター!
解体を見守るワラワラ、眞人の周りをぽわぽわしてるワラワラ、熟して膨らむワラワラ。ワラワラはいくつ集まっても、気持ち悪さを覚えるよりむしろ可愛さ100倍でした。
ワラワラが熟すと膨らんで月夜に飛び立ちます。集団で飛び立つ様は、たんぽぽの種のような無秩序な感じではなく、まるで螺旋状の遺伝子配列です。夜空を背景にしてとても美しい光景でした。
キリコの話によると、ワラワラは飛び立った後、人間として生まれ、飛び立つことを忘れて生きるそうです。
・ペリカン
眞人が落ちてきた世界で初めて出会う生き物です。『我ヲ学ブモノハ死ス』という門がペリカンの大群によって開けられてしまいました。また彼らは、夜空を上っていくワラワラを、容赦なく食べていました。
「ワラワラを食べるために地球に連れてこられた」
と、息も絶え絶えな、傷ついたペリカンは言っていましたね。果たして息絶えたペリカンを、眞人は埋葬していました。
・セキセイインコ
食欲を具現化したような存在だなぁと思いました。とてもコミカルな表情とフォルムなのに、人間までも食べてしまうような恐ろしい生き物でした。眞人のことを調理しようとしたセキセイインコは、包丁を持ってペロッてしてましたね。みんな、盛り付けに精を出していて、質も大事にしているようでした。
眞人のいる世界(現実)に出ると、私たちの知っているセキセイインコの小ささに変わってかわいいのに、白いフンをたくさんしまくっていました。
美しい世界
明るい台形の入り口を通り抜けた先の風景に、部下のカナリアたちは涙を流しながら、
「ここは、天国でありますか?!」
と言っていました。植物が生き生きと育ち、花が咲き、争いや汚いこととは無縁のような楽園に見えました。
この空間では、大叔父…おそらく神的存在として生き続ける大叔父が、無機質な部屋で積み木を積み上げていました。積み木を数日に1回加えていく、ただその行為だけで、美しい世界は危ういバランスを保って存在しているようでした。
確かそれが大叔父と、宙に浮いていた謎の大きな石が交わした契約なんだそうです。
生きながらえていた大叔父も永遠の命ではなさそうで、血の繋がりがあり素質が備わっている眞人に継がせようとしました。
眞人の選択
この物語は、眞人が認めたくなかった事柄・飲み込めなかった現実を『それが現実なのだ』と受け入れるために、異空間(狭間、美しい世界)での冒険が不可欠であったと私は考えています。
ヌマガシラがワラワラやその他の生き物の栄養源となること。
ワラワラを食べるペリカンを、眞人は何かを想って埋葬したこと。
人をも食らう獰猛なセキセイインコ。
生きるためには、食べねばならないのです。食べねば死んでしまうのであれば、どんなものでも食べなければいけないのです。
つまり、実母は死に、新しい母親を迎えたという現実を受け入れ、生きていくことを選択すること。また、戦争中で、疎開して自分の居場所がない環境、おいしくないご飯になってしまったこと。それでも、眞人は現実で生きていこうと選択しました。
壮絶な現実に立ち向かうために、眞人は(おそらくナツコさんも)、あちらの世界に足を踏み入れなければならなかったのです。そして、かつての母・ヒミも、いつか神隠しに遭っていた時期に未来の妹と息子に出会いました。自分が死ぬ運命にあるとしても、生きていけるパワーをあちらの世界でもらったのではないかと思いました。
物語の力はすごいですね。直接語らずとも何か大切なことを教えてくれている気がします。
もし、その時にわからなくても、心の隅に留めておげば、いつかふとした瞬間にわかるかもしれない、そんな時限爆弾のような力もありますね。
粗末な文章展開でしたが、ここまでにしておきます。眞人はどう生きるか、きっと、強く優しい青年になると信じています。
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