気楽に死のうよ

 ある宇宙船。呼吸が苦しそうな、年配の男が倉庫でへたり込んでいる。そこに、若い男が宇宙服に身を包み入ってくる。
「やはり、外壁に設置されたガスタンクが故障しているようです」
 年配の男はため息を吐き、若い男に言った。
「修理は可能か? 私も外へ出よう」
「いえ、難しいです。スペースデブリによって、壊滅的に破損しています」
 何ということか。修理もできず、宇宙空間で窒息を待つしかないのか。年配の男はいてもいられず、宇宙服を装着する。
「行っても無駄かと思いますが」
「ここにいても死を待つだけだ」
 年配の男は若い男の静止をふりきり、船外に向かう。
しかし、僅かな希望は打ち砕かれる。酸素タンクと窒素タンク、各モジュールに供給する設備が完全に破損しており、修理には月面基地に帰還する必要があった。
「空気は、月面基地まで持ちそうか」
「到着まで3時間、空気は、あと1時間程度ですね。残念です」
「万事休すか」
 年配の男は椅子に腰かけ、頭を抱えた。
 若い男は、テーブルにブランデーの瓶を置いた。
「もしかして他に方法があるかもしれない。私はもう少し手を尽くしてみますが、期待はしないでください」
 若い男はその場を離れた。
 年配の男は、苦悶と苦渋に満ちた感情を誤魔化すため、酒を流し込む。これまでの人生が、動きの鈍い走馬灯のように浮かんでは消えた。こんな最後を迎えるとは、思いもしなかった。
 酩酊した頭でふらりと立ち上がり、若い男を追いかけることにした。一縷の可能性を捨てるには、まだ時間があった。方々、探して回り、船内図を改めて確認した。「セーフルーム」年配の男は思い出した。いざという時のため、数時間、空気が供給される部屋があることを。
 前方に、セーフルームのパスワードを入力している若い男の姿があった。
「よかった。これで助かる」
 安堵とともに、酔いが醒めだした年配の男を見やる、若い男。
「いいえ。この部屋の空気は一人分しかありません。申し訳ありません、私には婚約者もいる。死ぬわけにはいかないんです」
 若い男は、年配の男を押しのけてセーフルームに入っていく。スライドドアは残酷にも、二人の間を別つ。年配の男は壁に頭をうち、朦朧とする意識のなかで、絶望に打ちひしがれる。
 インターホン越しに、若い男が言った。
「ブランデーが残ってるでしょう。気楽に死のうよ」

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