生き残った地区

 いくつものキノコ雲が空を覆って、一か月が経った。
 ありとあらゆる情報源が断たれ、生き残った人々は寄り添って日々を凌ぐしかなかった。 
 日本の関東地方、ある片田舎にその地区はあった。周辺の主要道路は、工事現場で使う仮囲いで覆われ、そのなかで三十人程度が生活していた。
 青年はその一人。地区から車で十五分程度の、駅前の交番で働く警官だった。警らをしている最中、遠くのキノコ雲を目撃。いくら署と連絡をとろうとしても繋がらず、疲弊する住民を案じている。
「このままでは、食料が枯渇するのは目に見えています。何が起きているのか、調査しませんか」
 青年の提案に、地主の男が答えた。
「賛成しかねるな。危険だ。そのうち自衛隊がやってくるだろう。それに、様子のおかしい人間が仮囲いの外をうろついている。それをなんとかするほうが、先なんじゃないか」
「それもそうですが、とにかくあのキノコ雲がなんなのか、状況を把握しないと。いつまでも、この生活は続けられません」
 話は平行線をたどり、しばらくは様子を見るということになった。
 青年は夕日が沈むなか、寝泊まりしている公民館に向っていた。野菜の収穫をする住民や、それを手伝う子供、共同のゴミ集積所を掃除するお婆さん、そこにはソレ以前の日常があるように思えた。
「お巡りさん、これ、あげる」
 幼稚園の年長さんくらいの女の子が、青年に柿をひとつ手渡した。その後ろで、祖母が笑顔で続けた。
「今年はよく生った、甘くておいしいよ。食べてください」
「ありがとうございます」青年は、加えて、ビニール袋にいっぱいの柿を受け取った。
 公民館。猟友会のメンバー三人と、その家族がいるが、やはり表情は重かった。飲料水は井戸が複数ありなんとかなったが、電気、ガスは停止。情報源がなく状況も分からず、出口の見えない状況に疲弊していた。
 青年はこう切り出した。
「明日、街へ行ってみようと思います。やはりこのままでは、ここは立ち行かなくなります」
 七十代後半の猟友会のメンバーが、猟銃を手渡して口を開いた。
「持ってけ。うるさい奴には俺から話しておく。無事で帰ってくるんだぞ」
「分かりました。明日の朝、県道から行ってみます」
 弾薬も百発を譲り受けた。その日は貰った柿と、ここのところ定番となっている野菜すいとんを平らげ、眠りについた。

 まだ遠くで獣の声が聞こえる明け方、青年は警ら用小型自動二輪車で出発した。風は冷たく、空は灰色の雲で覆われ、どこまでも曇っていた。
「静かだな」
 独り言とバイクの走行音が、静寂に響く。
 しばらく走ると、爆風でひしゃげた自動車や、倒壊した家屋、信号機もまともな状態のものは少なかった。
 そして、ショッピングモールやパチンコ屋、大型電気店、飲食チェーンの数々が見えてきた。市街だ。人影はない。
 青年は無人の交番の横にバイクを停め、猟銃を手に歩き出した。
「人だ」
 ショッピングモールの駐車場。青年が追いつくと、それは中年男性で、背広を着ていた。「すいません」と声をかけても返答はない。諦めて、施設内に入ると、数十人の人間を見かけたが一様に、声を発さず、呼びかけにも応答がない。
 外へでると、しばらくして、人々が一方向に歩いていく。
「何が起きたんだ、これは」
 途方に暮れていると、上空に、大きな影が見えた。その影の下に、数百人の人間が何かを待ち構えている。そして、彼らは吸い上げられた。
 青年は胸騒ぎに襲われ、バイクに乗り、生き残った地区に急いだ。

 はやる気持ちを抑えながら、ハンドルを握る青年は、地区の入り口でバイクを乗り捨て走り出した。息は切れていたが、気にせず、足を止めなかった。トンネルを抜けて開けたところにある、田んぼだった。

 それは、神秘的でさえあった。人々が、宙に浮き、落ち葉のようにヒラヒラと舞い、そして急速に大きな影に吸い込まれた。
 青年は膝をつき、力のない、抜けるような声を漏らした。
「核戦争じゃなかったのか」

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