Hyper

 男はバスに乗っていた。
 夕食の買い出しをしようと出かけた、休日の昼下がり。後方の乗車口付近のつり革に摑まり、終点の駅を目指している。
 太陽光が差し込む、爽やかな陽気。老若男女、それなりの混雑具合で、席はほとんど埋まっている。
 その時。五十代の年回りの、半袖カットソーにハーフパンツというスポーティーな格好で、キャップにはサングラスかけてあり、所謂、イケオジであり、ダンディな白髪も短く整えられて、ほんの少し癪に障る。
 そんな彼が、或る停車場で乗り込んできた。すると、運転手の後方の席から客が降りて行った。そしておもむろに、イケオジが空席になったその席の横に移動した。それはその席を塞いでいた。他の席は埋まっていて、立っている乗客も多数いる混雑具合。
(なんで、そんなとこに立ってんだ)
 男はそう思った。すぐに降車するのかと思ったら、いつまで経っても降りない。立っている乗客たちも、「そこ、どいて。座るから」とは言えないだろう。イケオジは、完全に二人分占有していた。
(何のつもりなんだ、アイツは)
 あのスポーティーな格好からして、一走りした帰りなんだろう。年の割にスタイルが良く、体力があるアピールなのか。それは、意識が高いと言えるのか。否。あれは、非常識だ。しかし、雰囲気からして低所得者には見えない。もしかして、単に、自分が二人分のスペースを占有している状態に気づいていないだけなのか。
 座らずして、横に立つメリットはない。そして、それなりの混雑具合。男は注意したい程の怒りを秘めていたが、面倒なので実行はしなかった。
(何がしたい。アレはなんだ? どういうつもりか)
 そんなこんなで、終点の駅前に到着した。
 降車口でSuicaをタッチして、駅前に降り立った。スポーティー・イケオジはとっくに消えていた。車内ではトラブルもなく、何事もなく。
 ふと見上げると、雨雲がどんより、べっちょり立ち込めてきた。灰色の雨粒が降り注ぐ。男はつい、声にだして言った。
「なんか、Hyperむかつく、、」

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