造られたもの

「彼がね。山に狩りに行ったんですよ。山へ狩りに。鉄砲を担いで」
 長身の、どこか爬虫類のような冷淡さを湛えている男がいた。
 場末のバーのカウンターで、その男は偶然となり合わせた、仕事帰りの中年男と話していた。
「ある獲物を狩りに、山の、深いところまで分け入って、中腹にある山小屋に辿り着いたんです」
 中年男は話半分、ブランデーが入ったグラスを傾けていた。白髪の生えたマスターはカウンターの奥で、グラスをクロスで磨き、その音が静かに響いている。
「そこに、彼が追っていた獲物がいたんです。そこは獲物の所有物で、この季節、山菜取りをしたり川で魚を釣って過ごすんですよ。その獲物が」
 長身の男は、相づちを打つだけの中年の男を尻目に話を続ける。
「獲物は、たじろいでいたらしいです。彼は持参した酒を振る舞って、滔々とこれまでの事を話して、それは盛り上がったそうです。その間も、獲物は冷や汗をかいて、震えていたとか」
 中年の男はナッツを齧り、ブランデーを口に含む。
「獲物ってのは、人間だろ。随分、物騒な話だな」
「彼が受けていた仕打ちからすれば、当然の報いですよ。獲物はね、反社会的勢力の人間なんです。随分と、汚い仕事ばかりやらせてね。いくら機械のように仕事をこなす彼も、ある事件で限界を迎えたんです」
「事件? どんな」
 中年男はいつのまにか、長身の男の話に聞き入っていた。
「その時もいつものように、仕事をこなしていたそうです。しかし、たまたま対象の、中学生の娘が帰ってきてしまって、口封じのために仕方なく拉致をして、処分したそうです。彼女は最後まで命乞いをしていたそうで、その、恐怖と絶望に焦燥しきった瞳が、彼を変えたんです」
「なんだよ、つくり話か? 映画じゃあるまいし」
 長身の男は、中年男の疑いにかまわず、話をつづけた。
「いかに忠誠心が強いとはいえ、相手は何の罪もない少女です。そこで彼は、この仕事を辞めさせてくれと、懇願したんです。勿論、それは却下され、それならば生かしてはおけないと、迫られたんです」
 長身の男は口を抑え、嘲るように笑いだした。
「何が可笑しいんだ? それで、どうなったんだ」
「いや、すいません。山小屋に話を戻します。酩酊した獲物は、命乞いをしたそうです。好きにしてくれと、もう、束縛はしないと。彼はそれでも許しませんでした。氷山の一角でしょうが、少しでも犠牲者を減らすためにと、結局は射殺しました。もしかしたら、そろそろ死体が警察に発見されているかもしれませんね」
「それで、あんたは何者なんだ。下手な作り話なんじゃないか?」
 長身の男はすこし間をおいて返答した。
「それは、どうでしょうね。想像に任せますよ」
 グラスを空にして、店を後にした。
 一週間後。
 夜半。
 中年男は、妻が寝ているベッドを後にして、リビングで酒をあおりだした。暗い中テレビをつけると、ニュース番組がやっていた。
 ある連続殺人事件の犯人が逮捕されたとの報道だった。
 男性のアナウンサーが淡々と原稿を喋っている。
『建設会社の社長のKさんと、長女のIさん。投資会社社長のDさんの遺体が発見されました。犯人は自首し、証言した直後に機能を停止しました。犯人は、3年前に製造されたS社製のアンドロイドで―――』

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