やさしいルイボス

 男は気が立っている。理由など存在せず、行き場のない怒りをどうしたものかと街を彷徨っていた。人肌恋しさを拗らせている事実を受け入れるぐらいなら、いっそ土にかえってやろう。大地と一体になることにより、恵を直接感じてしまおう。
 そんな何が何だか解せぬ取りとめもないルサンチマンの煉獄を、如何にして脱するか。落ち着いて思考を巡らす為に、公園に立ち寄ることにした。
 その公園は砂場とジャングルジムと滑り台と公衆トイレと水飲み場とベンチが二つをぎゅっと閉じ込めた、手狭な空間だった。都会の狭間にあり、まともに生きる人々の喧騒に取り囲まれていた。
 男はベンチに腰を落とし同時に視線を落とすと、足元に中身の入った『GREEN DA・KA・RA やさしいルイボス』があった。何の気なしにやさしいルイボスを手に取り、まじまじと観察すると、ある言葉が気になった。
『ボトルは資源! サステナブルボトルへ』
「資源かどうかは俺が決める。なんで押し付けられなきゃいけない。あと、サステナブルボトルは分かる――<へ>って何? じゃ今はサステナブルボトルじゃないのか?」
 男はさらに観察をつづける。
『ルイボス、グリーンルイボス。2種のルイボスブレンド』
「いや、違いが分からん。緑かそうでないかでよ。混ぜたからといって、どんな違いがあるか分からないぞ。あ~2種類混ざってんなー。無い。そんなふうに感じてる消費者いない」
 男はさらにさらに観察をつづける。
『※素材のイラストはイメージです。』
「実際はどんなビジュアルしてんだよ。消費者に見せられないのか。それとも良いイメージを持たせたいのか。2種の茶葉の横のイエローの花をつけたやつの正体何? ルイボスなのか?」
 男は徐々にやさしいルイボスに夢中になっていった。
『プラスチック製容器包装マーク、ペットボトルマーク』
「キャップとラベルはプラゴミ、ペットボトルはそれだけをまとめて捨てる。ゴミ箱大体分かれてないだろ。意識を上げたところで、すぐにプラゴミで一緒に捨てるわ」
 男はもうやさしいルイボスの虜だった。
『凍らせないでください。容器が破損する場合があります。』
「溶けるまで待てなくて、水道の蛇口を口に突っ込んだ思い出!」
『お茶の成分が浮遊・沈殿したり、時間経過により液色が変化する場合がありますが、品質には問題ありません。』
「問題があった試しがない。予防線張り過ぎだろ! クレーマーなんてガチャ切りすればいいんだよ!』
『開栓後はすぐにお飲みください。』
「すぐって何分何秒だよ! 今日中なのか! せめて目安をだせ!」
『すっきり香る!』
 男はキャップを開け、飲みかけのやさしいルイボスを口にすると、盛大に吐き出した。
「腐ってる。やさしいルイボスも、世の中も、腐ってる!」
 そう叫ぶと、蒸気機関車が如く勢いでコンビニへ直行し、やさしいルイボスをナナコカードでスムーズに購入。外へ出ると一心不乱に600ミリリットルを飲み干し、はたと気づいた。
 正体不明の怒りが消えていることに。やさしいルイボスは男の荒んだ心を、すっきり香るカフェインゼロで洗い流していった。
                        (何の話だこれは)

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