正義のおっさん
山田の自宅はがっつり築年を重ねた襤褸アパートメントの二階の角部屋だった。出番がいつやってくるか分からないので、常にスマホの充電は満タンで、相応の緊張感を常に持っていた。
収入は国から振り込まれる月20万円と、アレのレベルによって討伐手当がついて、多い月で50万円程度。命が掛かってる割に、渋い金額だった。
昼。山田はいつものように、昼から日本酒(ワンカップ)をあおっていた。若干後退した生え際と、清潔感を欠く無精ひげ、上下グレーのスウェットは染みだらけ。お世辞にも『正義の味方』には見えなかった。
ふと、階段を昇る音がして、部屋の前で足音が止まる。
「すいません、山田さん、いらっしゃいますか」
呼び鈴に反応し、山田はのそのそと立ち会がり、のぞき穴を覗くと三十歳前後に見える青年が立っていた。
「いるよ」
山田はチェーンを外し、青年を招きいれた。「座れ」と手狭なダイニングの椅子を指さす。テーブルの上は、飲みかけのジュースや食べかけのポテトチップス、調味料などが端に寄せられ、雑な片付けが施されていた。山田は向かいの椅子に座り、足の爪を切りだす。
「岡部くんだろ、国から連絡が入ったよ。俺の次、やってくれるんだよな」
「はい。つきましては、正義の味方の職務についてご説明いただければ」
「お前堅苦しいな。役人か、だとしたらとんでもない左遷だな」
岡部は事情について何も話さず、じっと山田の話を聞いていた。
「危険の割に貰いは少ない。低く安定してるってだけだ。あんまりシャバい仕事してるとネットでひぼーちゅーしょーの嵐だ。エゴサーチはしないことだな。まぁ、実戦を見る方が早いが、アレはいつやってくるか分からない。やってきたら、よく見ておけよ。これからはお前の仕事だからな」
山田はその後、昔の新聞や週刊誌の記事、一部、ファンとの写真などを自慢した。それは不快な微笑みとともにあった。
その時。スマホの着信音が鳴り響く。
「出たんで、宜しくお願いします。場所は此処です」
「了解」
山田は岡部を見て言った。
「噂をすればなんとやらだ。ついてこい」
「ハイ!」歯切れのいい返事をした岡部とともに、現場に急行する。使い古したチャリンコで急行する。岡部は徒歩。場所は渋谷・スクランブル交差点だった。
渋谷109よりやや大きい、一つ目の、人型の怪獣が雄たけびを上げている。山田はコケシ大の銀色の筒を空にかざす。次の瞬間、みるみる巨人化する。岡部は驚きで声がでない様子。
「岡部、ちょっと下がってろ」
山田は怪獣を睨みつける。それに気づいた怪獣は甲高い鳴き声を上げて、拳を振り上げる。山田は拳を避けた拍子に転倒した。怪獣はその隙を見逃さず激しく踏みつける。
「苦戦してる、、」
岡部の声が届いたかは知らないが、怪獣の足を掴みそのまま転倒させる。
「このガキ、人間様を舐め腐りやがって! お前と同じ星の奴、殺ったことあるなぁ。復讐ならホントやめろ、不幸の再生産だからな」
山田はそう言うと、そのままマウントし、ひたすら怪獣の顔面を殴り続ける。何かが割れる音や、潰れる音が響き渡り、それはあまりに凄惨であんまりな展開であった。しばらくして怪獣は全く動かなくなった。
「おい、岡部。ちゃんと見とけよ」
岡部は吐いていた。近いうちに自分もコレをする事実に絶望していた。
山田はポケットからボールを出すと、怪獣に向かって放り投げた。一瞬にして吸い込まれて、怪獣は姿を消した。山田は空の様子を確かめると、勢いよく上空に向かってボールを投げた。
夜。山田と岡部は屋台でラーメンをすすっている。山田はスマホの画面を見せる。それはあるサイトのコメント欄だった。
『お前が道路を壊したせいで、休み返上でデートキャンセルだぞ、もっとモノを大事にしろ』
『倒したついでにオナラなんかしやがって、鼻が死にそうだったぞ糞が』
『まじで見た目が無理。早く辞めてほしい』
『欧米の正義の味方のほうが断然格好イイ』
『ゲロの生まれ変わり』
『死ね』
『埋まってろ。歩く大災害』
山田はスマホをズボンのポケットにしまった。
「これで平常時。負けたり、建物なんかをぶっ壊しすぎるともう見てられない。テレビならずっとピーーーー、って罵詈雑言の百鬼夜行よ」
岡部は痣らだけの山田の身体を見た。
「治療費は出ますか」
「入院でもしないと出ないよ。死んでも自己責任って世界だぜ」
「なんでこの仕事始めたんです」
山田はラーメンのスープを一口飲んだ。
「友達の紹介」
その声色は、哀愁と諦めと、正義の味方を卒業できるオフビートな喜びを含んだ、そんな複雑な響きがあった。
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