深夜の訪問者

「すいません、助けてください。開けてくれませんか」
 それは妻と娘二人も寝静まった、深夜1時頃のことだった。それは20代から30代の男の声で、少し掠れていた。
「入れてください。オネガイシマス。少しでいいので、、、」
「困りますよ。何時だと思ってるんですか」
 主人は強い口調で返答した。摺りガラスの引き戸で、はっきりとは顔は見えないが、細身の体で、服装は上下白っぽい色をしている。
「寒い。このままだと凍えてしまいます。何もしませんから、少しだけいさせてください」
「何処の誰なんですか。警察呼びますよ、帰ってください」
 正体不明の、深夜の訪問者に困り果てる主人の後方で、外には聞こえないぐらいの微かな声で(警察、通報しようか?)と、妻の声がした。
(近所迷惑だから、もう少し話してみる)
 主人も微かな声で妻に答えた。
「申し訳ないが、他を当たってくれ。何も協力はできない」
 しばらく沈黙があった。摺りガラス越しにも、頭を前後に振り、うなだれているようだった。
 その時。男が手の平をすりガラスに密着させた。
「冷たい人だなぁ。でも、でも、突然来たら驚くよなぁ。そうか、駄目なのかぁ。どうしようかな」
 男が額をすりガラスに押しつけたとき、遠くから低い、年配の男の声がした。「おい、こんなところにいたのか」
「すいませんでした。帰ります」
 足音が二人分、遠ざかっていくとともに、主人は安堵した。事なきを得て、寝室に戻っていった。
 翌朝。
 鳥のさえずりが聞こえ、良く晴れて陽のひかりが一階のリビングダイニングに入り込む。中学2年生と小学6年生の娘二人、妻と朝食をとる主人。
 その時。インターホンが鳴った。主人がモニター親機を見ると、警察官が来ている。「俺が行くよ」と言って、主人は玄関に向かった。
「何の御用ですか、何かあったんですか」
 警察官はすこし間をおいて、神妙な面持ちで言った。
「近くの家で、一家心中がありまして。お母さんは一命をとりとめたのですが、死んだ息子さんがこの家に訪問していたらしく――」

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