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雨模様

平成四年の秋。友人代表スピーチを任されたあの日は、快晴でした。

ハレの日には、母が贈ってくれた加賀友禅の付け下げと、佐賀錦の帯と決めていました。付け下げの着物は、紅梅色に秋草、牡丹などが描かれているもの。その衿元には、マゼンタ色の伊達衿を入れて、つつじ色の帯揚げと帯締めでコーディネートしました。華やかに装い、緊張しながら、披露宴会場へ向かいました。

乾杯の準備が始まると、ドキドキが増してきました。何を話そうとしていたか忘れそうになるくらいです。グラスにシャンパンを待っていると、「ポンッ」という音と、「きゃっ」という悲鳴が。そして次の瞬間、「つーっ」と、背中に冷たさがなぞるではありませんか。

驚いて見渡すと、シャンパンの開封に失敗したようで、ウエイターが慌てて片付けていました。広範囲に飛び散ってしまったようで、おしぼりが提供され始めました。会場責任者へシャンパンで濡れてしまったことを告げると、お詫びの言葉と、クリーニング代を負担するという話をいただきました。


着物のクリーニングはどこで出来るのでしょう? その頃は、職場の制服で仕事をしていたので、洋服でさえ、ほとんどクリーニングに出すことがありませんでした。そして、まだ住み慣れていない街でもあったので、着物のクリーニングになんて、どこにお願いすればいいのか分かりません。その式場で、クリーニングを受けていただけないか問い合わせましたが、断られました。

こんな時こそ、呉服店に聞いてみようと、近所のショッピングセンターに入っているお店を尋ねましたが、購入品でなければ受けられないとのこと。こちらも断られてしまいました。現在は、購入品でなくても引き受けてくれるのですが、当時はダメでした。


スピーチは無事に済んだのに。シャンパンに降られて、結婚式が終わってからも落ち着く日は訪れません。着物のシミ抜きはどこで出来るのか、という心配が拭えません。数回しか着ていないのにどうしよう。気分はどんどん落ち込みました。でも、そのままにしておくわけにはいかず。気を取り直して、同じショッピングセンターに入っているクリーニング店に行ってみました。

お店は、一階の人通りが少ない場所。狭い入り口に、無口そうな若い女性店員が一人、店頭にいました。この人は着物のことがわかるのだろうか、私はうまく説明できるのだろうか。不安を抱えながら着物を持ち込みました。

「シャンパンのシミがあるんです」

ひとこと告げると、女性店員はカウンターで、着物を丁寧に少しずつ広げては畳んで、着物全体にあるシミの場所を確認していきました。表側、裏側はもちろんのこと、袖も忘れずに、順番に手際よく行っていきます。クリーニング店なので当然だったかもしれません。その様子から、着物に詳しいことが感じとれました。そして、手慣れた様子に安心しました。当時は、着物のことをあまり知らなかったので、適当にあしらわれる怖さがありましたが、杞憂に終わりました。


 汚れてしまっても、安心してお手入れをお願いできるお店がある。きれいに仕上げられた着物が、晴れやかな気持ちを運んできてくれました。

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