ループ

私は40歳になった。先日、唯一の身内である最愛の母を亡くした。
85歳だったので仕方ないが、母にもう会えないことが悲しくてたまらなかった。
私にはもう何も残されていない。
仕事はただ楽しくもなくやらなければ生きていけないから、母を安心させたいからやっているだけだ。
家庭もなく趣味もない。
つまらない人生だなと独りごちた。
母は厳しくも優しい人で1人で私を育て上げた。
母に出来るだけ親孝行をと思い、働いたお金を貯めて母に渡していたが、遺品を片付けていたら、そのお金には手を付けず、さらに母の貯めた私名義の貯金まであった。

私はもう一度1からやりなおすことに決めた。
残りの人生何十年、赤ちゃんからやり直すのだ。
以前見かけた『バーチャルで自らの人生を振り返りつつ間違った人生の選択さえやり直せます』というシステムに有り金をすべてつぎ込んだ。

私は目を開けた。ぼんやりとしか見えない。
どうやら赤ちゃんのようだ。
『痛い!』
不意に足と腕に強い痛みを感じた。
どうやら大人に手と足と掴まれ宙吊りになっているようだ。
『くそ!どういうことだ!こっちは赤ちゃんだぞ!』
大きく泣くと急に手を離された。
落下していく身体に覚悟を決めた。
『痛い!!』
幸い下はせんべい布団があったようだ。
しかし赤ちゃんの私は大声で泣く。止められない。
すると大人は手で私の口を押さえた。
『苦しい、息が出来ない』
すんでのところで手は離されたがぐったりと意識を手放した。
次に目が覚めた時、私は考えた。
これは私の人生の記憶を元に作られたはず。
あの大人は誰だ?私は虐待を受けているのではないか。
それから数ヶ月が経った。
相変わらず死なない程度の虐待を受け続けていた。
ある日、知らない大人たちが家にどかどか入ってきて私は保護された。
そしてその後、母と出会った。
そうか・・・。知らなかった。母とは血が繋がっていなかったのだな。
追体験で知ったが、母は中学生の一人息子を交通事故で亡くし、私を引き取ったようだ。
あぁ、なるほど。母が私に向いていないであろう習い事や学校に入れさせたがった理由が分かった。
母は息子の代わりが欲しかったのだ。
私は高校卒業と同時に家を出た。
以前の私はずっと母と暮らし続けた。
でも母の真実を知った今、違う選択をしてみたくなった。
私はやりたいと思っていた音楽の世界に飛び込んだ。
食うに困る時代もあったが楽しく過ごした。
私は40歳になった。子どもは早くに独立し、妻と2人つつましく暮らしている。
先日母が亡くなった。もうすっかり疎遠になっていた母だ。

・・・あれ?以前にも同じことがあった気がする。
母とは疎遠で・・・違う。母を愛していた。亡くしてとても悲しんだ。
どういうことだ。私は頭を抱えた。

・・・急に画面が切り替わった。
目の前に白衣姿の男がいる。
「目が覚めましたか。バーチャル人生はこれで終わりです。
あなたは80歳になりました。もう身体が限界です。
そして資金も尽きました。なので私どもとの契約はこれで終了となります。」
最愛の妻と子をかえしてくれ!私は叫びつづけたが、その声にこたえるものはいなかった。

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