見出し画像

第106回 「兵庫県副読本『世界と日本』を使用した歴史総合の実践」(歴史総合研究チーム)

 第106回は上のタイトルで歴史総合の授業実践を報告していただきました。『世界と日本』は兵庫県高等学校地理歴史科用の副読本です。兵庫県にゆかりのある人物や産業などが含まれています。
 授業は「国際秩序の変化や大衆化と私たち」の単元で世界恐慌やファシズム伸張が該当します。『日本と世界』からは湊川神社とそこに祀られている楠木正成について記載されているページを取り上げました。「ファシズムが伸張する経緯を学習することはあなたにとってどのような意味があるか」という問いを設定し、歴史がどのように利用されてきたのかを軸に授業を計画したそうです。扱ったのは3つの事例。①日本が軍国主義に向かう中で楠木正成という過去の人物が利用されている。②ヒトラーが権力を握るにあたって過去の歴史を使っている。③現在、パレスチナ紛争が激しくなる中でネタニヤフ首相が過去の歴史に触れる発言(2015年「ホロコーストはパレスチナ人のせい」、2024年「ハマスこそ新たなナチス」)をしている。
 生徒の事前アンケートでは湊川神社を知っていても楠木正成についての認知度はそれほど高くなかったようです。『世界と日本』を資料として基本知識を確認し、日本が軍国主義に向かう中で小学校の教科書に登場するなど楠木正成が脚光を浴びるようになったことを抑えていき、当時のこの人物の描かれ方が人々にどのような影響を与えたかを探っていきます。そこから世界史の話になり、フリードリヒ大王、ビスマルク、ヒトラーが並ぶ切手を提示してナチスがどのように歴史を利用したかを考え、最後に現代につなげます。ネタニヤフ首相の発言にあなたがメルケルならどう反論するか。またその反応は世界にどのような影響を与えるか。最後は少しハードルが高い問いで、難しかったという声もありましたが、日本史と世界史、過去と現代を横断的に扱うことで生徒たちはそれまでもっていた知識をつなぎ合わせることができたようです。「歴史を利用する」という視点で考えたことで、歴史を学ぶ意味を問い直すきっかけになったとおっしゃっていたのが印象的でした。グローバルなことをローカルに考えるという点で大変勉強になりました。
 また、勤務校が国立教育政策研究所の教育課程実践検証協力校ということで、コンピュータならではのテスト問題とはどんなものかCBT方式の問題開発についてもお話いただきました。

ー 質疑応答 ー
・具体的コンテンツとそれをある程度抽象化した思考を行き来することで、生徒も歴史を学ぶ意義を見いだせると考えている。事例ごとに「歴史がどのように利用されたか」を検証していたが、それを一般化する機会はあったのか。ファシズムが伸張する経緯を学習することにはどのような意味があるのだろうか」という問いは授業の中でどのように位置づけられていたのか。→「ファシズムが伸張する経緯を学習することにはどのような意味があるのだろうか」が今回の授業の問い。抽象化、一般化する時間は取れなかった。一年間のまとめの中で、歴史はなぜ利用されるか、歴史が利用されることを踏まえたうえでなぜ歴史を学ぶか、ファシズムに限らず歴史についてもう一度捉え直すような問いを投げかけたい。
・「これを学習することはあなたにとってどのような意味があるのだろうか」というメタ的問いを設定することは他の授業機会でもあるのか、その問いを提示することの背景に何を意図しているのか→歴史総合の授業で頻繁に問うような問いではない。探究の時間では自分なりの答えを出していくプロセスをとっている。決まった事実や教科書にある事実を網羅的に教えるのではなくて、どう生徒が解釈するのか、生徒がどんな意味付けをするのかを考えるのも歴史総合の一つの意味かと考え今回この問いを設定した。
・「これを学習することはあなたにとってどのような意味があるのか」という問いはよく出てくる問いの例だが、その時答えられないものではないかと思っている。このような問いを設定してみてどうだったか、どんなことを答えてほしいというイメージはあったのか→扱いにくい問いではある。大人の顔色をうかがうような、ありきたりではない答えが返ってきたら面白いと思う。→ファシズム伸張の経緯は民主主義が危機に陥る例として有用だと思う。
だったら「民主主義が危機に陥るのはどんなときどう」というメインクエスチョンでよいのではないか。授業者が伝えたいことを感じてもらえるような問いにすればいいのに。→感触はやはり難しいと感じた→どんな活動やサブクエスチョンがあればこの問いで成功するのか。学習指導要領で問いの例としてよく出てくるが、何を学ばせたいのかわかりにくい。

ー以下議論(①「この歴史をことはあなたにとってどのような意味があるか」という問いを授業に取り入れることについて②地域資源を利用した歴史の授業③CBTならではのテスト)ー
・歴史を学ぶ意義は確実にある。授業内でそれを問いかけるとしても、授業内のすべての問いに落とし所がなくてもよいのではないか。教員側が想定する解答があって、それを作り上げる中でこんな思考を巡らせてほしいという目標があって、という問いももちろん存在するが、問いの種類によっては、一生懸命考える時間、考えても文字化できない経験の方に意味があるものも存在する。その問いが数年後に生きてくる可能性がある。
・地域資源ではないが、自分の両親や祖父母、そのまた上の世代・・・自分のルーツを辿っていく中でその人が生きていた時代や地域を掘り下げていくと、歴史が自分事になる。
・「ファシズム伸張の歴史を学ぶことにどのような意味があるか」など、意味を考えることは重要。単発の事例だけで考えるのは難しい。様々な事例を通して総合的に考えていく必要がある。「あなたにとって」「私にとって」ではなく「私たちにとって」のように公共的集団的なものの方が考えやすいかもしれない。
・CBT試験については、カラー資料の提示がしやすい、動画を使った問題が作成できる可能性、採点時間の大幅な短縮、などの意見が出た。
・偉人の伝記的、教訓的な学びもよく出てくる。それが単発の知識ではなく、概念やスキルに昇華させることで他教科に転移できるのではないか。生徒の歴史に対する考え方が変わるはず。「この歴史を学ぶ意味は?」は歴史総合の中核になる問いではないか。
・『世界と歴史』はどのぐらい使われているのか。歴史を学ぶ意義もどれだけ問われているのだろうか、子どもたちから出てきたものをもっと共有していけば良いのに。生徒の数だけ深まりに応じて様々な問いや解答がある。
・ファシズムを学習したあと、その学習の意味を問う単元構成はオリジナルのものか。ファシズムの経緯を学ぶところに湊川神社や楠木正成が登場するのも全くわかっていない者にとっては疑問が出てくると思うが、地域資源を活用するためか?→実際ファシズムや日本が軍国主義に向かった時代に楠木正成は教科書に再登場し、全国の小学校に銅像が建てられるなどした。重要な人物だったと考えて使った。→我々もそんなふうに思想が方向づけられる可能性に気づかなければならない、というところまでもっていけた感じはあるか。→現代のところで知らないことが多すぎてついていけない生徒はいたと思う。楠木正成もある程度受け入れて考えることができた感じはある。
・とても面白い授業構成の提案だった。『世界と日本』を作る過程で先生方が世界と兵庫のつながりについて考えながら、歴史の授業でどう取り上げるかを議論して出来上がった教材。どう活用してくかも大事なことで、地域教材に関連をもたせながら、世界とか日本とか地域との歴史のつながりを生徒に考えさせる。その中でどういう問いをつくっていけるかを試みたことが大事。身の回りにたくさんあるものを教材化できるかがポイント。校種間や学校間で情報を共有することで歴史の授業のあり方を改めて考えることが大事。
・①歴史総合とは?日本史世界史を学んだ発展としてあるのか、中学歴史の繰り返しなのか、独自のものをしないといけないのか。②アクティブラーニング。教科科目の独自性を子どもたちがアクティブ・ラーニングできるような、積極的に問いをたてて自分で調べたり深く学べるような単元構成にできないといけない。③比較。歴史の中で他の事象、似た事象、時代は違うけど似たようなものを比較をしながら2つ以上の事例をうまく使いこなせるようなやり方は、地理でも公共でも使えるような手法。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?