林檎の詩(うた)

𝕏(旧Twitter)で就活が話題になっていた。
そうですか。もうそんな時期ですか。

こんにちは。
時期を迎えたので人間を卒業して犬になったハルです。

人間時代、1番最初に就職したのは「青果市場」。
不良でもない癖に高校での成績が悪過ぎて就職活動は期しがたい状況に陥った。
だから生まれてから1度も会った事がない遠い遠い遠い親戚の伯父が社長を務める青果市場にコネで入社した。

事務職以外だと
・県外野菜部
・近郊野菜部
・県外果実部
・近郊果実部
・輸入果実部
こんな感じで構成されていた。

吾輩が配属された部署は…
・林檎部

待て待て待て。「林檎」ってあの「りんご」でしょ?「リンゴ」ですよね?林檎って「果実」の部類に入ってないんですか?

しかも他部署がパートさんを含めた多人数構成なのに対して林檎部は係長と吾輩の2人のみ。就任即窓際族。これがフルーツマイノリティ。
まだ椎名林檎が世に出てくる数年前。林檎界の夜明け前。

思えば吾輩はその頃から労働が、いや、人間が嫌いだった。入社から数ヶ月経っても係長に「挨拶しろよ」と怒られていた。
人間どころか何なら林檎も好きじゃなかった。
あのシャリシャリとした食感も、少し感じる酸味も煩わしい人間関係を彷彿とさせた。

人間界では挨拶するのが圧倒的に正しい。
「挨拶」と「ごめんなさい」と「ありがとう」が大切。大物芸能人も会社の偉い人も、何なら下っ端も皆んな口を揃える。
吾輩は全て言わないタイプだった。
これ以降も数え切れぬくらい転職を繰り返すのだが、挨拶の件では40歳手前まで怒られていた。これを読んでいる良い子の皆は絶対に挨拶をした方がいい。

早朝の市場に着いて「挨拶しろよ」と係長に怒られて林檎を売って林檎を搬入して林檎の在庫を数えて林檎を袋詰めにして帰って寝て起きてまた市場へ行くという日々を繰り返した。
流れゆく毎日の中で違うのは天候くらい。
青春なんて1ミクロンも無い。the生活。

1年経過したある日
クビになった。

いつも周囲に聞こえない様、吾輩にネチネチと嫌味を言ってくる近郊野菜部の見た目ナメクジみたいなハゲたオッさんが居た。そいつの胸ぐらを掴んで1発殴って何度か壁に叩き付けた後で引き摺り回した。不良でもない癖に。

殆ど喋らない大人しい奴が急に暴れたので周りはさぞ驚いただろう。
“無敵の人”が急に刃物を振り回した感じだろうか。
だけど吾輩に「誰でもよかった」という供述はない。
胸元を掴んだ右手に理由を。殴った左手で相違ない感情を握り締めていた。

「どうした!?」「やめろ!」「おちつけ!」
慌てて止めに入る社会人達の声が矢鱈と遠くから響いていた。

ナメクジがパートさんのハンカチで鼻血を抑えながら「社長に言ってやる。社長に報告すればいい。」とコチラを見てコンクリート上で蠢いていた。

吾輩は身体を押さえつけた腕を振り払って駐車場へ向かった。
就職前にローンを組んで購入した軽自動車に乗り込むと、桑田佳祐の「孤独の太陽」をカーステレオに入れた。
そしてそのまま当てのないドライブを開始した。

ハゲの嫌味もいつもは我慢できたのに、その日はどうしても許せなかった。
どうしてか分かる?

その日、とてもよく晴れていたからだ。

あれから30年弱経って聴く音楽も変わり、車も失った。
だけど吾輩のドライブはまだ続いている。

片道分のガソリンだけを入れて。


P.S.
全財産が1,000円になりました。
今、河川敷にてスーパーで見切り品のキャベツ1/4玉を毟っています。
サポート頂けますとピョンピョンして喜びます。キャベツと林檎以外のモノを食べます。

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