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昭和・パルプ・ノンフィクション①

昭和25年9月9日、小さな村で生を受けたその男は「正視」と名付けられた。読み方は「タダシ」。
彼が47年と2ヶ月の人生でどれだけ正しいモノを視たのかは分からない。

タダシが産まれた翌々年に弟の「達成(タツナリ)」が誕生した。その直後に両親は離婚。
そして父親も母親も2人を引取る事を拒否した。兄弟は父方の母、祖母の「キヨ」に育てられた。

キヨは厳格に2人を育てた。
家の前をアイスキャンディー売りの自転車が通りかかった。チリン,チリンと真鍮製の鐘から響く金色の音に釣られた兄弟が外に出ると、小学校の同級生達がポケットから5円を取り出し「おじさん!1つちょうだい!」と言って美味そうにそれを舐めている。
お小遣い等と無縁の兄弟は唾を呑み込み真夏の風景を眺めていた。
「いいなぁ… おれもたべたい… 」とタツナリが呟く。
「まってろ!」そう告げてタダシは走って家の中に戻った。
暫くして再び表に出てきたタダシはタツナリの手を掴みアイスキャンディー売りのおじさんへ一目散に駆け寄った。同級生達と同じようにポケットから5円を取り出し 同じように「おじさん!1つ!」と言ってアイスを受け取った。「たべろ タツナリ。ばあちゃんにはぜったいにないしょだぞ!」
キヨは畑仕事に出ていた。その隙にタダシが箪笥の引き出しから盗ってきた5円。もしキヨに見つかれば徒では済まない。嬉しそうな弟と代わりばんこに舐めるアイスキャンディーの味も分からぬ程タダシは動悸に襲われていた。
悪い予感は的中するものだ。アイスキャンディーが半分まで溶けかかった時、いつもよりも早くキヨが帰ってきたのだ。タツナリの小さな手に握られたそれを見るなり、怒りの形相をしたキヨはゴツゴツした右手でタダシの左耳を思い切り引っ張り「何だコレはッ!!この悪餓鬼がッ!!警察に突き出したるッ!!」と咆哮した。
「ばあちゃんッ!ごめんなさいッ!かんべんしてッ!」
当時の子供達にとって学校の先生と駐在さんほど怖いものはなかった。だから親は子を叱る際「先生に言いつけるぞ」「お巡りさんに捕まえてもらうぞ」等という常套句を使った。だがタダシにとっては誰よりもキヨが恐ろしい存在であった。
この日の晩 キヨに腫れ上がるほど尻を叩かれたタダシは泣きながら布団に潜った。
そんな時にいつも考えるのは声も顔も思い出せない母親のことだった。同じく記憶にない父親よりも圧倒的に母の愛に飢えていた。
「お前達の父親と母親はお前達を捨てたんだ!」いつもキヨはそう怒っていた。が、タダシはいつも優しく美しい母親の幻想を抱いて眠りについた。

P.S.
これは遡ること22年前にこの世を去った男の物語。生前の本人への取材、周りの人達への取材を元に繰り広げられる「昭和・パルプ・ノンフィクション」
そして俺が記事を書くのはお金が無い時。話題の青汁王子なんかよりもっとお金が無いので少しでも続きを読みたいと思った方はPayPayサポート、noteサポートをお願いいたします。


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