震災当時の新横浜の話
個人的には過去よりも今を、未来をどうすべきか考えるフェーズに来ていると思ってはいるが、
noteで色々な方の様々な想いを読んで、私の大したことない過去も、書けば何か意味があるのかもしれないと思い、
昔ブログにUPした話を一部改変の上、転載します。
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震災後間もないある日。
仕事が遅くなり、菊名までは行けたが、計画停電の影響もありそこで終電は無くなった。
安価で泊まれる漫画喫茶は菊名に無いので、新横浜まで歩いた。
腹も減っていた。とりあえず新横浜のコンビニに立ち寄ったが震災の影響で食料品は皆無、カップ麺すら無かった。
駅前ロータリーをさ迷っていたら、一軒の屋台を見付けた。
何も考えず、その灯に導かれるように、
気が付くとカウンターに座り注文している自分がいた。
そのラーメンは身体を芯から温め、心を癒し、空っぽの胃を徐々に満たしてゆく。
「本当に助かりました。ありがとうございました」
まさか無愛想なオヤジに感謝する事になるとは思わなかった。
仮にもお客様に感謝される接客をしたいと思う当方にとって、ラーメン屋台のオヤジは衝撃だった。
接客マニュアルをなぞるだけが接客ではない。
大事な事はマニュアルの外にある。
なんか上手く書けないけど、そんな事を思った。
今でも接客をやっている。
お客様に感謝される接客とは何か、まだ答えは出ていない。
(2012年に投稿したブログ記事より)
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