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読書『夢分けの船』津原泰水 感想 幽霊の繋ぐ青春

・長編としては著者の遺作となったという本作、読みました。

あらすじ
四国の工務店の息子として生まれた修文は、映画音楽に関わる夢を持って東京の専門学校に身ひとつで上京する。下宿先も代々木の専門学校の紹介に任せていたが、その部屋はグランドピアノ付の防音室でありながらピアノの蓋の鍵が紛失していて開かず、さらに以前の自殺者、花音の霊が出るといういわく付きの部屋であった。
とはいえ修文自身は花音の霊を見ることもなく、弾くことのできない鍵のかかったピアノに半ば占領された部屋で、様々な人と出会いながら新鮮な東京の生活を過ごす。花音の霊を見たと主張する調子のいい先輩である岡山、同じ下宿で客を取っている風俗嬢の霞、女装趣味の漫画家伊集院、自殺した花音の姉である秋子……。それぞれがそれぞれに花音との関わりを持っているが、修文だけはその霊の気配を感じることすらない。
秋子の経営するバーでバイトをしつつ、岡山に誘われてバンドを組み、そのベースの瑞絵と良い仲になったりもしつつ、修文は色々な花音の関係者からその話を聞き、一向に現れない幽霊の人生を浮かび上がらせていく。そんな折、修文のもとに故郷の父親が倒れたという報せが届く……。

・作者本人もTwitter等で名言していたそうだが(と巻末にある)、「舞台は現代、文体は明治の青春小説」という試みだそうである。そして私が読んだ限り、この試みは見事に成功している。「言語表現の移ろいと共に消失してしまった感情表現を呼び戻す意図があります」ともあり、そこまで言われると成否を下せる立場にないが、読書している間ずっと不思議な、懐かしいような新しいような難解なような軽快なような、不思議な時間に包まれていたのは確かである。

・青春小説としては一見すごくスタンダードなストーリーで、ちょっと消極的な主人公にがぐいぐい来る軽薄系の友人に誘われてバンドを組み、バンド活動がうまく行ったり行かなかったり、その過程で女の子といい感じになったりならなかったりするのだけれど、「花音の幽霊」の存在がややミステリ味を帯びながら全体を貫いていて、それがかなり独特な読後感(というか読んでいる最中の感触なので読中感?)を感じさせる。また修文の回想が途中延々と挟まるような箇所は純文学っぽい。

・花音をめぐる物語については一応最後、結論らしきものが呈示されるのだけれど、それが本当かどうかは分からない。姉妹は名前を取り換えていたかもしれないし、二階堂は花音を殺したかもしれないし、霞が挨拶をしたのも湯浅が見たのも花音の幽霊かもしれない。なんといっても、やっぱり最後までピアノの蓋は開かなかったのだから。

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