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スナックのうたちゃん

ボクには一年に一回ものすごくあいたくなる人がいる。
それがスナックのうたちゃんだ。

うたちゃんと知り合ったのは会社の後輩に絶対に先輩が気にいる店があるから連れていきたいといわれて連れていかれたのがきっかけだった。
会社から徒歩で15分ほどいった繁華街にテナントビルごと全部飲み屋さんになっている雑居ビルの3階にうたちゃんがママを務めるスナックがあった。

うたちゃんはその当時まだ二十代だったと思う。ボクもその頃はまだかろうじて三十代だった。
ボクがスナックに行く理由は歌えることが絶対条件で当然うたちゃんのお店もカラオケが置いてあった。しかも、開店と同時に行くとほかにお客さんはほとんどいないため、ほぼ貸し切り状態で歌い放題なのだ。

ボクはいつものようにJ-POPやJ-ROCKを歌っていると、うたちゃんが覚えてきてほしい曲があるとリクエストをくれた。
それは、AAAというアーティストの曲で「恋音と雨空」という曲だった。この曲は当時CMに採用されていた曲でボクもサビの部分だけは聞き覚えがあったので、割とあっさりOKを出した。

すぐに後悔した。
思っていたよりもかなり難しい曲だった。
ただ、お店では絶対に歌えるようになるまで披露したくなかったので一人カラオケに行く時間を作っては、めちゃくちゃ練習していた。

いつものようにお店に行こうとすると街中で呼び込みをしているうたちゃんを見た。お店の女の子と一緒にスーツ姿のサラリーマン風の男性を見つけては声を掛けていた。うたちゃんは頑張り屋さんだった。
お店の女の子の悩みも聞いていたし、スタッフの愚痴も聞いてあげていた。
ボクはいつもそんなうたちゃんを見て尊敬していたし、人間としてとても好きだった。

ある日、裏口からお店に行こうとすると、近くのコンビニで座り込んでいるうたちゃんを見つけた。声を掛けようか悩んだがよく見ると泣いているようにも見えた。ばつの悪くなったボクは少し遠回りしてからお店に行った。

お店で出迎えてくれたうたちゃんはいつもどおりの満面の笑みでボクにいらっしゃいと声を掛けてくれた。さっきのは見間違いだったのかなと安心したボクはその日ついに「恋音と雨空」を歌えるようになったことをうたちゃんに伝えた。

すると、うたちゃんはデュエットしよう!といって早速カラオケのデンモクに曲を入力した。ボクは歌に関しては一切手を抜かない主義なので歌いはじめるとうたちゃんの表情が一変した。
みるみる泣き出してしまったのだ。
ボクはほかのお客さんに見えないようにうたちゃんの横に陣取ると激しくせき込みながら、「ごめん、なんか変なとこにつばはいったみたい。ちょっと曲を止めてくれる?」と近くのスタッフにお願いし、「うたちゃんちょっとのど飴買いに行きたいから付き合ってよ。」といって強引に外に連れ出した。

うたちゃんはおもいきり泣いていた。
ボクはおもいきって個室のある居酒屋さんにうたちゃんと二人で入っていった。席につくなり、うたちゃんに今日は全部ボクのせいにしていいからここで泣き終わるまでつきあうよ。といって、お酒を注文した。
しばらくうたちゃんは泣き止まなかった。
ボクもその理由は一言もきかなかった。
2時間くらい経過したころ、うたちゃんがお店に戻るといったのでボクは一緒にお店に戻った。

お店に戻ってからのうたちゃんはいつもどおりのうたちゃんだった。
いやはや、やはり女性はうまれながらにして女優なのだろう。
ボクはしばらくお店ですごしたあと、終電なくなりそうだから帰るねといってお店をあとにした。

後日、うたちゃんからLINEがきた。
このあいだ一緒に歌えなかったからリベンジしたい。だから、お店にきて。という内容だった。

これは仕上げてから行かなくてはとボクは数日後にお店に行くことを約束した。

そして当日。
うたちゃんとボクが歌う「恋音と雨空」はお店にいた人たちから満場一致で
拍手してもらるほどの出来栄えだった。練習したかいがあったとホッと胸をなでおろしたボクは、うたちゃんに一緒に歌ってくれてありがとうと伝えた。すると、うたちゃんが気分がいいから今日はオールで飲むぞと言い出した。ボクは勢いにおされ、二つ返事で約束させられてしまった。

お店が終わった後、若干の片づけを手伝いつつボクとうたちゃんとスタッフと終電のなくなった女の子たちで朝までやっている居酒屋さんに入った。そこでのうたちゃんはやはりママを務めるだけのことはあり、全部仕切ってくれた。飲み物がなくなりそうになると、すぐにおかわりがきた。
ボクはしたたかに酔いながら、そんなうたちゃんをみていて気持ちがよかった。

始発で帰ろうとした際、うたちゃんが小さい声でありがとうと告げてきた。
顔をみたら真っ赤になっていた。
どうやら照れているらしい(笑)
ボクはボクのほうこそありがとう、楽しかったようたちゃんとハグをして帰った。

それからしばらくしてお店が閉じることになったと知らされた。
突然のことだった。
きっと、うたちゃんが泣いていたのはこのことが原因だったのだろう。
ボクは必死でうたちゃんに連絡をとった。
返事がきたのは2日後のことだった。

ごめん、私の力不足でお店を続けることが出来なくなった。
恥ずかしすぎてあわせる顔がない。
といった内容だった。

ボクはAAAの東京ドーム公演のチケットをあらゆるコネを総動員して二枚ゲットした。もちろん、うたちゃんに一緒に見に行ってくれないかと誘った。

今度はボクが断る余裕を与えなかった。
当日、ほんとうにうたちゃんが東京ドームに来てくれるか不安ではあったが信じて待つことにした。

うたちゃんは来てくれた。
しかも、とびきりのテンションで(笑)
うたちゃんとは二人きりでいても全然男女を意識しないでいられた。
(だから、ほんとうに楽しくて仕方がないのだ。)

ライブは最高だった。
ボクは気づくとすっかりAAAのファンになっていた。(単純だなぁ)

ライブ終わりにうたちゃんと居酒屋に行くことにした。
まだ、ライブの余韻が残っていたから・・・。
そこからはあっという間に時間が過ぎていった。
こんなに楽しそうなうたちゃんを見るのはひさしぶりでボクもすごく楽しい気持ちになれた。
うたちゃんをタクシーまで見送るとボクは電車に乗って帰宅した。

それからもうたちゃんとはたまにLINEをやり取りしていた。
そんなうたちゃんから結婚したと連絡があったのがコロナ直前のころだった。ボクはとてもうれしい気持ちで心から祝福のメッセージを送った。

それから半年くらいしてうたちゃんから夜の仕事に復帰したと連絡があった。ボクはひょっとしてはやくも離婚したのか?と気になって、連絡すると旦那さんがコロナ下で仕事が不安定になってしまったので自分も働きに出たとのことだった。

それから数年うたちゃんからの連絡は途絶えた。
コロナのこともあったし、ボクもそれを特に気にとめなかった。

コロナが落ち着きをみせたころ、うたちゃんから連絡があった。
福岡に移住することになったとの連絡だった。
ボクは旦那さんの事業の関係でそうなったのかと思い、うたちゃんにそれを確認した。うたちゃんからは、バツイチになっちゃったんだよーんとかえってきた。

うたちゃんがおちゃらけるときは心から傷ついているときだとボクは知っている。だけど、うたちゃんはもうすでに福岡に行ってしまったあとだった。
まったく世話のかかる人だなぁ(笑)

と、いうことでボクはちかぢか福岡に行くことになる気がしている。
もちろん、それまでに「恋音と雨空」を完璧にマスターしていくことはいまさら言うまでもない。

End


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