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逃げる夢【#シロクマ文芸部】

「逃げる夢を小さい頃によく見たの」
「逃げる夢を、ですか」

和彰は優衣から映画に誘われたとき、驚きはしたものの嬉しくもあった。ひとりっ子である和彰にとって優衣は姉のような存在になっていた。

一緒に見た映画は京都にある老舗旅館が舞台で何らかのきっかけによって2分間がループするという変わった内容だった。

映画を見終わったあと、優衣が前から行きたいと思っていたハンバーグが有名な洋食店に向かった。優衣は名物の牛すじシチューかけハンバーグを、和彰はハンバーグのせハヤシライスを注文した。

ハンバーグを堪能しながら、タイムマシンが存在していたら、いつの時代に行ってみたいかという話題で盛り上がった。

「そういえば、映画が始まる前に『映画泥棒』が流れるでしょ」
「パトライト男がカメラ男を追いかけるやつですか?」

「そう、それ。あれ苦手なのよね」
「結構、シュールですよね」

「小さい頃に逃げる夢をよく見たんだけど、それを思い出すのよ」
「寝れなくなって、お母さんの布団に潜り込んだりしたんですか」

「わたし、母親いないんだ。まあ、父親もだけど」
「そうだったんですか。なんか、すみません…」

「謝らなくていいわよ。わたし児童養護施設で育ったの。天涯孤独なのよ」
「…」

「逃げる夢を見ると本当に誰かに追いかけられている気がして、早く朝にならないかなって、ずっと祈ってたの…」

和彰は小刻みに震えている優衣の手を優しく包んだ。

「もう逃げなくても、大丈夫ですよ」
「…敬語は、もう使わないで」




隣のテーブルでは2人の若者が名物の牛すじシチューかけハンバーグを食べていた。

「マジっすか?おごってくれるんすか」
「タクヤもさ。お金配り。フォローしなよ」

(つづく)



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