役名はパチもん彼女

「隣に座る松本くんのニセモノの彼女の有村アマネです」

 ファミレスのソファーに座ったままの状態で制服姿のアマネが軽く頭を下げた。目の前の彼女の台詞をきちんと理解できてないようで女子生徒が不思議そうな表情をしている。

「ニセモノの彼女?」

「はい」

「付き合ってないってことよね」

「そうですね。松本くんにニセモノの彼女になってほしいと頼まれただけなので」

 そうでしたよね、松本くん。とでも確認しているかのようにアマネが隣の彼の顔を見上げた。

「そういうことだからさ、おれのことは諦めて」

「あっそ。お幸せに」

 女子生徒がアマネをにらみつけたが計算高くなさそうな彼女を見てか息をつく。

「有村さんもこんなやつにだまされないように気をつけたほうがいいわよ」

「だまされるもなにも。わたしと松本くんは本当のカップルじゃないので問題ないと思います」

「そういうところよ」

 心配そうにアマネに返事をすると、松本ケンシにあっかんべーをして女子生徒はファミレスをあとにした。

「良かったんですか? あんなにかわいい女の子と付き合わなくて。告白とか、ですよね」

「いいの。いいの。有村さんのおかげで助かった。ありがとう」

 なんの後悔もないから平気だよと言わんばかりにケンシは笑う。

「松本くんが納得をしているのなら別にかまわないんですけど」

「それじゃあ、連絡先を交換しておこっか」

「はい?」

 話の流れについていけてないらしくアマネが少し首を傾げる。年齢よりも幼気な印象を与える顔つきの彼女の黒のショートヘアが揺れた。

「もしかして、スマホとかもってないタイプ?」

「もってますが、どうして松本くんと連絡先を交換することに」

「今回みたいにまた有村さんにニセモノの彼女役をやってもらう可能性があったりするからかな」

「わたしである必要性が」

「おれがこの世界で一番、有村アマネさんのことを愛しているからだと思うよ」

 笑顔をつくり、さらりと告白をしたケンシの顔をアマネが下からじーっと見つめている。

「ありがとうございます」

「うん。どういたしまして」

「わたし的にはあまり上手にニセモノの恋人を演じきれてないと考えていたのですけど松本くん的には演技するためのパートナーとして評価が高かったんですね」

 真面目な表情でアマネはそう口にした。

「有村さんって、かしこすぎて頭の弱い女の子だなとか勘違いされることない?」

「かしこさも一周するとアホっぽくなるんだなとは友人に言われたことがあります」

 ケンシが頭を抱える。自分のこっぱずかしい台詞でも思い出したのか顔色が青ざめていく。

「大丈夫ですか? 顔色が悪いような」

「フラッシュモブで告白したのに彼女に振られた男のことを思い出しただけだから平気。ありがとう、有村さん」

 ちなみに有村さんはそういう派手な告白とかされたいと思うタイプ? とケンシが横目で彼女に視線を向けた。

「そもそも男女交際に興味がないので」

「興味がある場合は?」

「エキストラさんを雇ってまで告白してくれているので断るのにかなりの勇気がいりそうですね」

「断るんだ」

「なんとなくで付き合うのも失礼ですし。可能ならフラッシュモブの費用はちゃんと払いますよ」

「それはやめておいたほうがいいかな。プライドを傷つけるかもしれないからさ」

「そういう縁が全くないので心配無用かと」

 注文した紅茶を飲みほし、しれっと連絡先を交換しないままでアマネは帰ろうとしたがケンシに呼びとめられた。

「連絡先。まだ交換してないけど」

「同じクラスなのでいつでも会えるような」

「同じクラスだったら知っておくべきじゃない? 文化祭とかで連絡する可能性も少なからず」

「ウソはやめてください」

 怒っているかのようなアマネの言葉に、ケンシがつばを飲みこむ。

「松本くんの気持ちは分かっています。さっきまでの会話もあからさまでしたし」

「それじゃあ」

「はい。ニセモノの彼女としてもう少し恋愛に興味をもってほしいということですよね」

 関係が断ち切られなかったことに安心をしているのかケンシが笑みを浮かべる。

「あー、うん。そうそう。こんなこと頼めるの有村さんしかいないから」

「そういうことなので。連絡先を交換してまで恋愛テクニックを教えてくれる必要はありません、安心してください」

「またニセモノの彼女を演じてもらう時とかに」

「今からずっと松本くんのニセモノの彼女と名乗りつづけるつもりなので必要ないような?」

 それとも今回みたいに告白を断るときだけ、ニセモノの彼女だと公言するほうが松本くんにとっては都合が良いですか? とアマネが聞いた。

「ずっと有村さんにニセモノの彼女だと宣言をしてもらったほうが助かります」

「了解です。それでは、また明日」

 ファミレスを出て、アマネの姿が見えなくなるとケンシはテーブルの上でうずくまる。くぐもった笑い声をあげる彼の姿を女性の店員が不審そうに見つめていた。

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