クジャクヤママユの思い出

子どものころ、ジャポニカ学習帳を愛用していて、今でも時々文房具やさんで手に取ることがあるけれど、今は表紙のほとんどが植物だ。虫が苦手な人が多くて、そうなったらしい。分かるような、ちょっとさみしいような。

虫の写真で覚えているのは、国語の資料集に載っていた、クジャクヤママユ。
ヘルマン・ヘッセ「少年の日の思い出」に出てくる、主人公を虜にするチョウだ。

主人公は昆虫採集に熱中していて、特にクジャクヤママユに憧れている。
そんなとき、隣人の子が羽化に成功したと聞く。見せてもらうだけのつもりが、彼が留守だったために衝動にかられてチョウの標本を持ち出してしまい、誤って粉々にしてしまう。
謝罪に行ったときの隣人の子の反応が忘れられない。

「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」
憤激するでもなく、責めるわけでもなく、ただ静かに軽蔑される。

取り返しのつかないことというのが、世の中にはあるものだ。
最後に主人公は、大切にしていたコレクションのチョウを、一つ一つ指で粉々にしていく。彼のかなしみに、こちらの心もつぶれてしまいそうだ。

黒いチョウがひらひらと飛んでいるのを見かけると、あの物語の少年が頭をよぎる。

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