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検査は要らない!ネパールで医療人材を育てる医師・楢戸健次郎先生

ネパールで結核対策や学校検診、医療人材の育成に奔走する日本人医師がいる。楢戸健次郎さんだ。楢戸さんは日本キリスト教海外医療協力会から2005年に初めてネパールに派遣されて以来、札幌を拠点に日本とネパールを行き来する生活を20年近く続けている。


楢戸先生@札幌

半数は医療を求めない、ネパールの結核事情

楢戸さんは今年から、ネパールの結核患者に対する食費の支援を始めた。2018年の調査で、患者の約47%が治療されていなかったことが明らかとなったからだ。医療へのアクセスは、特に貧困層の人々にとって深刻な問題だ。
 
「薬は無料なんだけどね。結局貧困の問題で、食べれなくて亡くなってしまう人が多くて…」
 
2019年のデータでは、ネパールの貧困率は21.6%だ。楢戸さんが活動するチョウジャリなどの山岳部などでは40%を超える。
 
ネパールでは2021年時点で人口10万人あたり229人という結核罹患率が推計されており、これは世界第32位の数値だ。幸いにも、統計上は年々減少傾向にあり、結核の発生率は2019年まで毎年3%ずつ徐々に減少していると報告されていた。しかし、上のような状況が明らかとなったことで、統計には表れていない患者が多くいると考えられる。
 
「少なくても救える人たちから救っていきたい。」と楢戸さんは語る。

レントゲンは日光経由で確認です

現在も続く震災復興支援

楢戸さんは現在、どさんこ国際医療協力会の派遣員としてネパールに滞在しており、団体に集まる資金の約70%を、学校検診やトイレづくりといった公衆衛生活動に充てている。
 
このような活動資金は政府からは集まりにくい。目の前のニーズに対応しているわけではなく、将来のリスクを予防するための支援だからだ。
 
2015年のネパール大地震の際にも、楢戸さんは真っ先に現地に駆け付け、被災者の救助や物資の輸送などを行った。現在でも震災孤児に対する教育支援を続けている。
 
「他のNGOとかが引き上げた後に、残されてしまった孤児などに対する支援を絶やさないのが、私たちの使命です」


チョウジャリの病院まで6〜8時間 

深刻なネパールの医師不足

ネパールで活動を続ける楢戸さんが、現地で感じる一番の問題は医師不足だと言う。
 
「都市部でも山岳部でも、共通する一番の問題は、医療機関と、そこに従事する人が圧倒的に足りないことかな。」
 
ネパールは2900万人の人口を抱えているが、1万人当たりの医師数は2人と、日本の10分の1以下だ。国内に23の医学部があるが、ブレーン・ドレーンの問題が長く指摘されている。ネパールで唯一の国立のトリブバン大学医学部では、毎年の卒業生70名のうち9割以上が海外に就職する。
 
「ネパールで医者になっても、給料は高が知れている。専門を取ると給料が約3倍になるからみんな取りたがるけど、国内で専門を取れる施設が限られてるから、海外に行く。そこで、イギリスとか、カナダとかに行っちゃうと、治安よし、教育よし、給料よし、という感じで…優秀な人ほどネパールに帰ってこなくなっちゃう。」
 
医師不足が深刻な地域では、一人で多くの疾患をカバーできる医者の存在が不可欠だ。楢戸さんはチョウジャリ病院で、幅広い疾患に対応できる医療従事者の育成にも力を入れている。
 

景色を肴にお酒とおつまみ

“横に見れる医師”をネパールに!!

実は楢戸さんは、日本では、“家庭医のフロンティア”と呼ばれている。
 
家庭医療とは、疾病臓器・患者の性別・年齢・その他医学的技能の専門性にとらわれず、患者ならびに地域住民の健康問題を幅広く担当する医療分野だ。楢戸さんは1984年から21年間、“家庭医”として北海道の美流渡診療所の所長を務められた。
 
「最初の5年間は僕一人だったから、24時間、365日当直体制だったよ。」
 
人口2500人の美流渡地区の医療を一人で担うというのは、容易なことではない。日本で初の試みだったこともあり、住民の意見とはかみ合わないことも多かったという。
 
「住民の皆さんは入院できる施設を求めていた。でも、病院をつくると、維持費だったり、人件費だったり、お金がたくさん必要になる。でも、僕がやっているのは、なるべく検査をしない、薬を出さないという、治療よりも予防に力を入れた医療だった。だから、入院施設がなくても大丈夫だよってことを示す必要があった。」
 
この経験が、ネパール現地のニーズに応える活動の下地として生きている。

いい人材までの道のりは険しそうです

「家庭医療は病気の9割をカバーできる、いわば“横の専門医”。できるだけ患者さんの医療に関する意思決定に介入し、どうしようもできないものは専門医にお願いする。(中略) ネパールで医療に取り組む“いい人材”を育成していきたい。」

おまけ
ネパールの経験をヒントにまとめた論文も、今月無事に発表させていただいたので、ぜひ公衆衛生の分野に興味のある方は読んでみてください。
(PDF) In Pursuit of Accurate Health Data: Combined Strategies for Improved Collection and Reliability (researchgate.net)


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