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囲(かこい)ロード③

プログラマー志望で入社して10日で営業にしてくれと言ってくるようなバカは今までいなかったのか、上司は面白がって「やるか」といってくれた。
それから飲食業界に転職するまでの3年半、営業として大阪市内を駆けずり回わることになる。

営業という仕事柄、ちょっとした空き時間や打ち合わせなどでよく喫茶店を利用していた。ほとんどの喫茶店にはなんの特別な感情を抱くこともなかったが、非常に心動かされたとある喫茶店に出会ったのである。

ただ、そんなに足繁く通ったわけでく、実は場所も名前も詳しくは覚えていない。
最近まで思い出そうとして、覚えているキーワードを検索ワードに入れて幾度となく探したがヒットしない。もうなくなってしまったのだろうか。
大阪の北浜から堺筋本町までの間のどこかで、紅茶をメインにしたお店だった。
赤い絨毯が敷かれていて、Uの字のカウンターとテーブル席が数席。
マスターは40歳くらい、ボウズ頭でとても穏やかな表情と優しい笑顔。白いシャツとベストを着こなし、紳士的な振る舞いと凜とした店内の雰囲気に当時の僕は酔いしれた。
お会計の時に優しくお金を両手で受け取ってくれた姿が記憶に残っている。

頭の奥深くに埋もれて何年も音を立てずに眠っていた喫茶店への憧れの感情が、深い眠りから覚めるように、それでも無意識に刺激されたのであった。

つづく

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