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隣の客


 久しぶりに友人と居酒屋へ来た。
 しょっちゅう会うのだが、お互い酒が無くても話が弾む、弾み過ぎるタイプなので、酒の力を借りずとも、会話のラリーが続くのであまり酒を飲む事自体が珍しい。
 小学生の頃、この友人の母親に、
「アンタらホンマよう飽きずに喋るなー」と、言われていた程だ。

 普段から話している事を酒を飲み、周りの声の大きさに釣られて、自分達も次第に大きな声でベラベラと話し始める。居酒屋あるあるだなと思っていた。

 話題は、
「あのYouTube見た?」
「こないだ見たアニメがさ」
「今度映画でアレやるやん」と、どうでもいい話をつらつらベラベラと話していた。
 そして結局よくする漫画の話へと雑談のフェーズが移り、これもまたいつもよく僕達の中で話題に上がる、
 HUNTER×HUNTERの作者、
 『冨樫義博』の現状についての話題へ。

「冨樫は仕事せぇよな」
「アイドルのライブ行ってる場合ちゃうぞ」
 などと大声で話していると、隣の席で飲んでいた女性四人組の一人の女性が、
「アンタらはそれでもファンか」と、僕達を怒鳴りつけてきた。
 目にはうっすらと涙が見えた。

 その女性の友人達は、
「まぁまぁ……」と、その女性をなだめようとしていた。
 その女性の物であろうスマホがテーブルの上に置いてあるのが見えた。そのスマホのケースは、HUNTER×HUNTERの主人公、ゴンフリークスが描かれていた。

 ファンだ。グッズを買うタイプのファンだ。きっと推しがいるタイプのファンだ。推し活とかしてるタイプのファンだ。
 そのガチファンであろう女性は続けて、

「先生かって仕事したいねん。でもできへんくらい腰が辛いねん。どうする?」
「どうする?」と言われても、どうする事も出来ないし、(先生って呼ぶタイプなんだ)なんて思っていると、

「どこが好きや?え?どこ編が好きや?」と、詰め寄られた。途中に挟まった「え?」は何を意味しているのかは分からないが僕は、
「そうっすね……。やっぱアリ編ですかね」
 友人は、「俺もしいて言えばアリ編かな」

 女性は目の前に置いてあったメガレモンサワーをクビっと飲み、ジョッキの水滴がスマホケースのゴンフリークスにビシャビシャとかかっているのも意に返さず、カァンッ!と大きな音を立ててメガジョッキを置き、

「ウチ、グリードアイランド編の途中で止まってるからアリ編はよく分からん。グリードアイランド編はカードゲームとかよく分からんし読むの止めた」と、すわりきった目でこちらを見つめ、まるでゲップをした後の様な表情を浮かべていた。
 僕達は、
「はぁ」という事しか出来なかった。
   僕は、(この人の中ではまだ、ボマーも倒されてないのか。てかボマーも分からん可能性あるんちゃうか?)そんな事を考えていた。
 どれくらい時間が経っただろうか。萎縮してしまい、他の客の声にかき消される程の声しか出せなくなった僕達は、隣の女性グループを見る事もなく、しばらくして居酒屋を後にし、最終のバスに乗り地元へと向かった。

 酒の席で変な奴に絡まれる。これもきっと、居酒屋あるあるなのかな。
 そんな事を考えていると友人が、

「あんだけの熱量維持して冷めれるって凄いよな?」と。

 僕は静かな車内で、溜まっていた事もあったのだろう。迷惑になる程笑った。
 そこから地元までの車内が、一番盛り上がった。

 たまにはいつもと違う事をしてみるのもアリだなと思えた。

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