明治東亰恋伽(試し読み11)

 底冷えのするような、硬く低い声。
 おそるおそる顔を上げると、背の高い男性と目が合った。怜悧な面差しに見下ろされ、緊張が走る。「招待状を見せてもらおう」
「・・・・・・え?」
「近頃はこの辺りも物騒なものでな。政府筋の人間が集まる場所に紛れ込もうとする、不審な輩が後を絶たん。ついては身元確認の協力を願う」
 芽衣は息を呑んだ。
(もしかして、警察・・・・・・?)
 彼は無言のまま警官帽を目深にかぶり直した。その腰には金の柄が輝くサーベルが携えられている。ーサーベル?
「あ、あの、ちょ、ちょっと待ってください」
 芽衣は泣きそうになりながらチャーリーへと手を伸ばした。
「招待状なら、ええと、この人が」
「この人?」
 強面の警察官は、さらに目もとを険しくさせる。「連れがいるならさっさと呼べ。時間を取らせるな」
「え、だからこの人・・・・・・・・・・・・って、いない!?」
 伸ばした手がスカスカと宙を切り、芽衣は真っ青になった。
 今、三秒前まで隣にいたはずの男の姿が、どこにもない。まるで最初から存在しなかったとでもいうように、影もかたちもない。
(逃げられた・・・・・・!)
 つま先から、じわじわと血が凍りついていくような絶望感が忍び寄ってくる。
 なぜひとりで逃げたのか。その理由は考えるまでもない。もともとうさんくさい人物ではあったし、芽衣を連れて逃げる義務など彼にはなかった。ましてや芽衣をかばう筋合いもなく。
(だったらせめて・・・・・・あの姿を消せるマントぐらい置いてってもいいと思うよ!?)
 今使わないでいつ使うのかというあの便利アイテムを、どうして残していってはくれなかったのか。などと憤ってみても、この状況が好転するはずもない。
「貴様・・・・・・怪しいな」
「ひっ!」
 警察官はサーベルの柄を握りしめ、芽衣との間を詰める。あからさまに犯罪者を見るような目つき。私はなにもしていませんと訴えたかったが、今まさにパーティー会場に不法侵入している真っ最中なのだった。
「名を名乗れ。誰の手引きでここにいる」
「わ、私は」
 周囲がざわついた。人々の視線を痛いほど感じ、たちまち声が出なくなる。
「答えなければ拘引するまでだ。覚悟はできているのだろうな?」
「・・・・・・っ」
 一歩、後ずさる芽衣の腕を警察官が掴んだ。膝が震えて全身に力が入らない。耳鳴りが聞こえ、うまく呼吸ができず、くらくらと眩暈を覚えたその時ー。
 誰かが、芽衣の肩にふわりと手を置いた。
 大きな手の感触。その温かさに、少しずつ耳鳴りが遠ざかっていく。
「やあ、会いたかったよ。子リスちゃん」

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