明治東亰恋伽(試し読み6)
はっきり「ない」と言い切らないその曖昧な表現に、一抹の不安がよぎる。
「と、とにかくやめておきましょうよ。こんなパーティー、どう考えても間違いだし」
燕尾服のチャーリーはいいとしても、高校の制服だとひとめでわかる名の学校では有無を言わさずつまみ出されてしまいそうだ。
(高校?)
芽衣は改めて自分の服装を見た。チェックのスカートに黒のブレザー。胸のリボン。
そう、これは高校の制服だ。
ふいに教室の風景が脳裏に浮かぶ。続いて同級生らしき少女たちの笑い声が鼓膜に蘇った。
もう少し、あと少しで何か思い出せそうだ。しかし無情にもそこで記憶の蓋は閉ざされる。届きそうで届かない理不尽さと疎外感に、鼻の奥がツンと痛くなった。
「どうしたの?そんな顔して。これから楽しいパーティーだっていうのに」
芽衣の顔を覗き込みながら、チャーリーは少し困ったように言った。
それから指をぱちんと鳴らし、シルクハットの中から一輪の赤い薔薇を取り出す。
「泣かないで芽衣ちゃん。ほら、綺麗だろう?」
「・・・・・・泣いてなんか」
「じゃあ笑ってよ。芽衣ちゃん」
彼はその場にひざまずき、恥ずかしげもなく芽衣へと薔薇を捧げた。
その大仰な動作たるや、奇術師というよりはまるで詐欺師。相変わらずのうさんくささに、怪しむのを通り越してついつい笑ってしまう芽衣だった。
「ごらんよ芽衣ちゃん。大きなシャンデリアだねえ!こっそり侵入した甲斐があったよ!」
鹿鳴館の大広間に一歩入るなり、チャーリーは天井を見てはしゃいだ声をあげた。隣に並んでいた芽衣は真っ青になり、慌てて「しーっ」と人差し指を口にあてる。
ーチャーリーの予告通り、二人はどうにか警備の人間の目をかいくぐり、鹿鳴館に忍び込むことに成功した。とは言っても、なにも泥棒よろしく窓や煙突から侵入したわけではない。チャーリーが取り出した「姿を消せるマント」なるマジックアイテムに身を包んで堂々と正面玄関を通過したのだった。まさかこんなふざけたアイテムで警備員の目をあざむけるはずがないと高をくくっていた芽衣だったが、実にあっけなくミッションが達成されてしまい、いまに至る。
「ほら、僕の言った通りローストビーフがあるよ!あっちには鶏の丸焼きも!」
あまりにも話がうまくいきすぎてビクビクしているとは対照的に、チャーリーのテンションは高まる一方だ。