溺愛したりない。(試し読み3)

「今日の放課後から、獅夜の補習を見てやってくれないか?」
「・・・・・・え?」
    私が・・・・・・獅夜さんの、補習を?
「む、無理です・・・・・・!」
 先生からの頼み事は基本的に予定がない限り引き受けているけど、こればかりは無理だ。
 多分、私が学級委員長で、勉強が好きだから頼まれたんだろうけど・・・・・・私が見るってことは、獅夜さんとふたりきりってことだ。
 あんなことがあったのに、ふたりきりになんて気まずすぎる・・・・・・。
「そうか・・・・・・」
    先生が、困ったように息をついた。
「あいつ、委員長じゃないと補習を受けないって言うんだよ・・・・・・」
「え・・・・・・?」
 どういうこと・・・・・・?
 先生が私に頼んできたんじゃなくて、獅夜さんが先生に頼んだのかな・・・・・・?
「委員長が教えてくれるなら受けるんだと。お前たち、知り合いだったのか?」
「い、いえ・・・・・・」
 そんな事実はないから、ブンブンと首を横に振って否定した。
 私と獅夜さんは、あの日初対面だったはず・・・・・・。
「あの補習っていうのは、中間のですか?」                    気になって、そう聞いた。
 今は2学期の中間テストが終わった時期。私は補習を受けたことはないけど、中間テストでも補習があったんだ。
 てっきり、学期末に行われるものだと思ってた。「ああ、中間の補習だよ。あいつ、1学期の中間と期末もテストを欠席して補習だったんだが、受けなかったんだよ」
    そ、そうだったんだ・・・・・・。
 確かに、テストの日も獅夜さんは欠席だった気がする・・・・・・。
 というか、まともに教室にいる姿を見たことはない。
「今回もテストを受けなかったら、留年確定だろうな・・・・・・」
    えっ・・・・・・留年・・・・・・?
    まだ1年の2学期なのに・・・・・・。
 困ったように、ため息をついた担任の先生。
「だからなんとかして出席させようとしたんだが・・・・・・あいつが、玉井真綾が見てくれるなら受けるって言い出して・・・・・・」
    先生から聞かされた事実に、驚いた。
 どうして私の名前を出したのかは、わからないけど・・・・・・。
「・・・・・・わかりました・・・・・・」
    こんな話を聞かされたら、無理ですなんて言ってられない・・・・・・。
 先生が、目を輝かせて私を見た。
「いいのか?」
 本当は怖いし、気まずいからできれば会いたくはなかったけど・・・・・・獅夜さんを見放すことはできなかった。「クラスメイトが留年になるのは、悲しいので・・・・・・」
    せっかく同じクラスになれたんだし、留年になったらきっと獅夜さんのご両親だって悲しむ。
 私が補習を見ることで、留年を回避できるなら・・・・・・力になりたい。
 で、でもやっぱり、獅夜さんのことは怖い・・・・・・。
「さすが委員長・・・・・・!頼んだ!」
 満面の笑顔で、肩を叩いてきた先生。
 本当にこの選択が正しかったのかな・・・・・・と、少しだけ後悔したのは内緒だ。

 つ、ついに放課後になってしまった・・・・・・。
 今日は授業中もずっと、上の空だった。
 放課後を迎えるのが怖くて、こんなに時間が経つのを恐れたのは初めてだ。
 でも、時間は過ぎゆくもので・・・・・・。
 私は今、補習室の前にいる。
 補習は私たちが使っている教室ではなく、移動教室として使われている空き教室で行われてるらしく、先生に言われた教室へとやってきた。
 というか、獅夜さんはもう来てるのかな・・・・・・?
 今日も、授業を欠席していた獅夜さん。
 補習があるから今日は来るのかなと思っていたけど、姿を見せることはなかった。
 もしかしたら補習にも来ないんじゃ・・・・・・と、半信半疑で教室の扉に手をかけた。
 恐る恐る扉を引いて、教室の中を覗き込む。
「あっ・・・・・・」
    い、いたっ・・・・・・。
    空き教室の一番後ろ。特等席と言われている席に座っている獅夜さん。
 日の光に照らされて、綺麗な金色の髪が輝いていた。
 私の声が聞こえたのか、獅夜さんがこっちを見た。
 透き通った水色の瞳が、私を映す。
「来た、まーや」
    私を見て、獅夜さんは嬉しそうに笑った。
 「えっ・・・・・・」
    あまりに無邪気な笑顔に、胸がきゅんと音を立てた。
 これは不可抗力だと言いたい。こんなにもかっこいい人が笑ったら、誰だってときめいてしまう。
 というか、まーやって・・・・・・。
 驚いて、獅夜さんを見たまま固まってしまう。
「ん?」
   不思議そうに首をかしげた獅夜さんを見て、ハッと我に返った。
「あ、あの私の名前・・・・・・」
    先生に頼まれた時も思ったけど・・・・・・どうして知ってるんだろう・・・・・・?
「あー、調べた。玉井真綾」
 フルネームで呼ばれて、それだけのことなのに心臓がまた跳ね上がる。
「まーやって呼びたい。いい?」
 身長が高いから、威圧的に見えてしまう獅夜さん。そんな彼が、私と視線を合わせるようにかがみながら、そう聞いてくる。
 甘えるような聞き方に、言葉が詰まった。
「俺のことは高良って呼んで」
    し、下の名前で?
 そんな、無理だよっ・・・・・・。
「呼んでみて、ほら」
 優しい声で催促されて、断りきれずゆっくりと口を開く。
「た、高良、さん」
「さん付けはダメ。よそよそしいだろ】
 で、でもっ・・・・・・。
「男の子を名前呼びしたことがないので、急には・・・・・・」
 恥ずかしいし、慣れない・・・・・・。
「え?俺が初めて?」
    どこに驚いたのか、獅夜さんは目を見開いて嬉しそうな顔をしている。
 喜ぶポイントがわからなくて、ますます困惑した。
 私は親しい異性の友達はおろか、同性の友達すらいないいなかったから、名前で呼び合うような男の子がいない。
「はい・・・・・・あの、高良くんじゃダメですか・・・・・・?」
  今の私には、くん付けが限界・・・・・・。
 じっと獅夜さんを見ると、また嬉しそうに笑った。
「可愛いから許す」
「・・・・・・っ」
    か、可愛いって・・・・・・。
 やっぱり、あれは幻聴じゃなかったの・・・・・・?『お前、可愛いな』
    男の子から言われたことのないセリフに、恥ずかしくてたまらなくなる。
 私が可愛くないことくらい私が一番分かっているけど、慣れてないからどう反応すればいいのかもわからなかった。
「あ、あの、補習しましょうっ・・・・・・」
    話題を変えたくて、はぐらかすようにそう言った。
「補習すんの?」
「も、もちろんです・・・・・・!」
 今日は、そのために来たんだっ・・・・・・。
 獅夜さん・・・・・・じゃなくて、高良くんは、不満そうに眉をひそめた。
「せっかくまーやといんのに、時間もったいない」        せっかくって・・・・・・。高良くんは、一体何を考えているんだろうっ・・・・・・?
 私を指名した理由も、可愛いなんて血迷ったことを言う理由も、何もかもが分からない。
 もしかして、からかわれてる・・・・・・?
 そう思ったけど、高良くんみたいな人がわざわざ私をからかう理由もわからない。
 もうわからないことだらけで、頭がパンクしちゃいそう。
 と、とにかく、補習を始めよう・・・・・・!
 私は高良くんの留年を回避するために、先生に頼まれたんだから・・・・・・!
「こ、このプリントを終わらせるだけです。補習の時間は2時間あるので、ゆっくりで大丈夫ですよ」
    席について、高良くんにプリントを渡した。
 小テスト形式になっているプリント。今日から毎日渡されるプリントの問題を解いて、提出する。中間の補習はテストはないみたいで、プリントを提出するだけでクリアできるみたい。
 後半は難しい問題が多いけど、テストがないだけずいぶんマシだ。
 高良くんはプリントを見て、不思議そうにしていた。
「補習ってこれだけ?じゃあ、すぐに終わらせるから待ってて」
「え・・・・・・?」
    すぐに終わらせるって・・・・・・。
 わからないところを私が教えるために来たけど、高良くんはひとりでできるような言い方だった。
「あ、あの、わからないところがあったら聞いてください」
「ありがと」
    笑顔でそう言って、高良くんはスラスラと問題を解きはじめた。
 その光景に、私はぽかんと間抜けな顔になってしまう。
 え、えっ・・・・・・どうしてそんなに簡単に解いてるの・・・・・・?
 適当に書いているというわけではなく、高良くんの書いた答えを見ると、どれも正解だった。
 てっきり、勉強は苦手なんだと思ってたのに・・・・・・。
「・・・・・・あの、高良くん、どうしてテスト受けなかったんですか・・・・・・?」
「めんどくさいから」
    さらりと、そう言った高良くん。
 そ、そうだったんだ・・・・・・。
「高校もやめようと思ってた。けど、まーや見つけたからやめんのやめた」
    衝撃的な事実に、驚いてパチパチと瞬きを繰り返した。
 私を見つけたから・・・・・・?
「できた」
    あっという間に、すべての問題を解いてしまった高良くん。
 は、早すぎるっ・・・・・・。
 答え合わせをするため、高良くんからプリントを受け取った。
「ぜ、全部正解です・・・・・・」
    ものの数分で解いて、その上満点。
「高良くん、すごい・・・・・・!」
 私は感動して、目を輝かせた。
「この問題、私も最初わからなかったんです・・・・・・!こんなにすぐに解いちゃうなんて、天才ですねっ・・・・・・!」
    真面目にテストを受けたら、私なんて軽く追い越されそう・・・・・・!
    補習、引き受けてよかった。こんなに優秀な人が留年になるなんて、もったいないもの・・・・・・!
 というか、今までサボっていたのがもったいない・・・・・・!
「やっぱ、まーやは優しい」
    なぜか、愛おしげに私を見つめてくる高良くん。
 その瞳に、心臓がどきりと音を立てた。
「・・・・・・まーやは、頭いい男好き?」
「え・・・・・・?」
 へ、返答に困る質問・・・・・・。
 別に頭がいい人が好きというわけじゃないけど、勉強ができる人は尊敬する。
「べ、勉強は、できるに越したことはないと思います」
    そう答えると、高良くんはまた嬉しそうに笑った。
「じゃあ俺、これからはテストも受ける」
    じゃあ、って・・・・・・?
「補習って、2時間なんだよな?」
「は、はい」
「プリント終わったから、残りの時間俺にちょうだい」
    こんなに早く終わるとは思っていなかったから、予定していたまるまる2時間ほとんど残っている。
「何かしたいことがあるんですか?」
「まーやと話したい。まーやのこと知りたいから」
 高良くんの答えに、私の心臓はまた跳ね上がった。
 高良くんみたいなみんなに注目される人が、どうして私みたいな人間のことを知りたがるのかわからない。私が高良くんに興味をもつならわかるけど・・・・・・その逆はあり得ないはず。
「あの・・・・・・」
    わからないことが多すぎて、頭の中が混乱している。
「どうして、私のことなんて知りたいんですか・・・・・・?補習に指名したのも・・・・・・」
    ただの、気まぐれかな・・・・・・?
 私の質問に、高良くんはまっすぐにこちらを見つめながら口を開いた。
「好きだから」
「・・・・・・っ!」
 真剣な眼差しで、あり得ない言葉を口にした高良くん。
 色素の薄い、水色の瞳に・・・・・・自分の姿が映っているのが見えた。
 ・・・・・・嘘だ。
 失礼かもしれないけど、告白を素直に受け入れられなかった。
 だって、おかしい。
 確かに、高良くんが私のことを好きなら・・・・・・補習に指名した理由も、キ、キスをした理由も頷ける。今までのことも、全部辻褄が合う。
 だけど・・・・・・女の子なんて選びたい放題な高良くんが、私を好きになる理由がない。
 地味で冴えない、どこにでもいる特技も可愛げもない人間だから。
「好きでもない女に、キスなんかしない」
    何らかの間違いだって思うのに・・・・・・高良くんが熱い視線を向けてくるから、錯覚しそうになる。
 本当に、好かれてるんじゃないかって。
「まーや、顔真っ赤」
 高良くんの大きくて骨ばった手が伸びてきて、私の頬に重なった。
「俺とのキス、思い出した?」
    いたずらが成功したみたいに、口角をあげた高良くん。
 見れば見る程かっこよくて、欠点なんてひとつも見当たらない。
 やっぱり、あり得ない・・・・・・。
「あ、あの・・・・・・」
「ん?」
「どうして私みたいな、なんの取り柄もない人間を・・・・・・好き、だなんて・・・・・・」
    自分でこんなことを聞くなんて、自意識過剰みたいでとっても恥ずかしい。
 最後のほうは、ぼそぼそと声が小さくて何を言っているのか伝わらなかったかもしれない。
「なんの取り柄もないって、誰のこと言ってんの?」
    え・・・・・・?
    高良くんが、私を見ながら眉間にシワを寄せていた。
「まーや、こんな可愛いのに」
 ・・・・・・っ。
 また、そんなこと・・・・・・.
「か、可愛くないです・・・・・・」
    あり得ない・・・・・・高良くん、絶対に目がおかしい・・・・・・それか、からかってるに違いない・・・・・・っ。
    反応したくないのに、顔のほてりが治らない。
「俺が可愛いって思ってるから言ってる。まーやは可愛い」
    高良くんはそんな私に追い打ちをかけるように囁やいてきた。
 まっすぐな視線に耐えきれずに、目を伏せる。
「こっち向いて」
    だけどすぐに、高良くんが私の顎を掴んで強引に目を合わさせられた。
「それってどういう反応?赤くなってんの、可愛すぎるけど」
「そんなこと、言われ、慣れてなくて・・・・・・」
「まーやの周りにいる男が、見る目ないだけだろ」
 違う・・・・・・絶対に、おかしいのは高良くんのほう。
 それに・・・・・・私には幼なじみがいるけど、その彼にはいつもブサイクだって言われてきたから。
「まーやが可愛いって、俺がわからせてやる」
    甘い視線を送ってくる高良くんは、綺麗な顔をぐっと近づけてくる。
 う、嘘っ・・・・・・。
「待っ・・・・・・」
    私の言葉を飲み込むように、押し付けられた唇。「な、俺のにしていい?」
    お、俺の?・・・・・・って、高良くん、何しようとしてっ・・・・・・!
 セカンドキスまでも、奪われてしまった。

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