一分小説 『靴擦れ』

 靴職人は、その足音を聞いて嫌な予感がした。
 男が、店へとやってきたのである。

「おや、どうも……お客様」
「やあ職人さん。前に買ったこの靴で、靴擦れを起こしちゃったんだ。幾分キツイようでね。どうにか、直してもらえないだろうか」

 男はそう言って地面へ、抱えていた二足の靴を置いた。それは細部まで意匠の凝った上等な靴であったが、男の言う通り、サイズは彼の大きな足と比べれば、やや小さかった。
 困り顔を浮かべる男へ、職人も困り顔を返した。

「そうは言いましても……お客様。お客様は神様と言っても、私どもにもできることには限度があります。靴二足と言え、相当に力を入れて作りましたから、そう簡単には作り直せんのです」

靴職人の腰の低い言葉に、男の方も申し訳なさそうにしゃがみこんだ。無念そうに靴の後ろを撫でる。

「やあ……分かってる。君らが、この靴をどれだけ精魂込めて作ってくれたかはね。だからこそだね、もっと気持ちよく履きたいと思うだけなんだ。勿論、相応の金は出すさ。糸目はつけない、大きな金だ。どうだろう、店にとっても悪い話ではないと思うのだが」

男の言葉はおおらかで、態度も紳士的で、出す条件も申し分ないように思えた。
しかし、靴職人にはどうしても了承できない理由があった。
靴職人はおずおずと、めいっぱい男の顔を見上げて、本音を打ち明けた。

「どうしても、人が足りんのです。巨人族のお客様の靴を直すのですから。僅かな靴擦れのサイズだろうと、われらの体二人分。先日も、仕上げ作業の最中、見習いが靴の中へ落っこちて骨を折っちまったものですから、どうにも……」


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