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雪は、美しくもゴミのようでもない【線たちの12月感想】

こんにちは。
岡山ディビジョンです。

本日は『アイドルマスターシャイニーカラーズ』ゲーム内に実装された、イベントシナリオ『線たちの12月』の感想を書いていこうと思います。物語の核心にも触れるので、ネタバレ注意でお願いします。

今さらかよとか言わずに…「こんな風に感じたやつもいたんだな」くらいに見ていただければ幸いです。

1.はじめに

たとえばここに羽を描くとして
おまえは飛んでいけるだろうか、線
たとえば果樹を描くとして
おまえは実をなせるだろうか、円

もちろんできるとも
できないなら、人はペンを持つかい?

『線たちの12月』あらすじ

『線たちの12月』は12月初旬に開催されたイベントシナリオです。
21年7月の『アイムベリーベリーソーリー』から足かけ一年半の間開催されてきた、分割越境シナリオの最終段(推定)となっております。
本イベントに登場するアイドルは、

○風野灯織
○白瀬咲耶
○杜野凛世
○浅倉透
○福丸小糸
○斑鳩ルカ(!?)

の六名。ルカが来るとは驚きでしたね!?

本シナリオは一見すると少し複雑な構造をしていますが、大別すると二本の軸にわけることが出来ると思います。

1つ目の軸は、咲耶たちが地域の活動にボランティアとして参加するというもの。活動内容としては、手に拍子木を持って打ち鳴らしながら、「火の用心」と言って街を練り歩く、おそらく夜回りと呼ばれるヤツです。越境シナリオで「12月」を題材に持ってきておきながら、クリスマスではなく「火の用心」をメインに据えるあたり、完全にキマっていますね。
とはいえ、クリスマスも本シナリオには重要なモチーフとして登場するわけですが……

こちら1つ目の軸の物語は、主に2つのトピックによって展開されていきます。
①ペアを組んだ凛世と小糸が、互いの距離感に苦慮する。
②図書館で見つけたメッセージカードの処遇をどうしたものか悩む。
同じ夜回りの活動に参加する地元住民との交流に紙幅が割かれ、「祈り」というキーワードが印象的に登場する、味わい深いシナリオとなっておりました。
気になったシーンについては、後ほど触れていこうと思います。

2つ目の軸は、灯織が「ダンスの冬季集中レッスン」に参加するというもの。
このシナリオには問題の(?)斑鳩ルカが登場し、イベント開催以前には想像もしなかった「灯織とルカのやりとり」を読むことが出来ます。これまでの描写では前面に出てこなかった、ルカの意外な一面が印象的でしたね。

本作は上記のような2つの主軸によって構成された物語ですが、どうしてそのような構成になっているのでしょうか。そして、これらの物語はどのようなことを語っているのでしょうか。

自分なりに考えてみたのですが、この2軸構成にすることによって、1つのテーマを表裏から描き、より深掘りすることができるためではないかと考えました。そして、そのテーマの核となっているのが「祈り」というキーワードではないでしょうか。

では、核に「祈り」を据えた本作のメインテーマとはなんだったのでしょう。

私は、「ありのままのものと、それを捉える心」を描こうとしたシナリオだったと思っています。

2.「火の用心」

(1)福丸小糸と浅倉透の言葉

印象に残ったシーンとして、真っ先に思い出すのがこのシーンです。

上のシーンで、どうして浅倉はこのような表現を使ったのでしょうか。
ともすれば突き放したような言い方にも聞こえますし、小糸と幼なじみの彼女は、明らかに「飴が好きなことくらいしか知らない」なんてこと、あるはずがないでしょう。
それでも、彼女はあえてその表現を使った。どうしてなんだろうな、と私は思いました。

それについて考えるのに、個人的には以下のシーンが重要なのかなと思っています。

小糸は、クラスメイトが楽しく談笑している場面や、待ち合わせまで時間を潰す凛世とその学友を前に、「本来なら感じる必要のない疎外感」を抱いてしまう姿が描かれています。
誰しもこういった経験はあると思いますが、これを本シナリオのテーマ「ありのままのものと、それを捉える心」のもとに換言すると、次のような表現になるのではないでしょうか。

「自分が会話に参加していない」という単なる事実に対し、「疎外されている」と認識してしまう状態。

凛世と待ち合わせするときに、「事務所だったら長くなるかな」「一緒に帰ろうって流れになるかな」と考えすぎてしまうところからも分かるように、小糸には考えすぎる癖があるようです。
これまでに小糸ちゃんのそういった姿が描かれた記憶はないのですが、引っ込み思案な彼女ならそう考えてもおかしくはないと思います。

凛世が級友と談笑している姿を、所在なげに見つめる小糸

ただ、本当はそんなに気にすることでもない。
状況としては単に、自分が会話に参加していないというだけなワケですから。しかしそうはいっても、勝手に疎外感を感じて傷ついてしまうのが人間という物です。
引用した小糸のシーンは、そういった姿を描いた場面だと思っています。

また、これは凛世にも同じ事が言えます。

確かに小糸の態度は少し素っ気ないように感じられますが、それがイコールで「自分が何かしてしまった」「小糸に嫌われてしまった」と結びついてしまうあたり、深読みというか短絡的でしょう。
小糸の態度に対して、それ以上の物を受け取り、感じてしまっていることが分かると思います。

浅倉の言葉は、そんな小糸と凛世の態度に対する、揺り戻しのような物なのかなと思いました。
目の前の事柄に対して、深読みしすぎるがあまり自分の心を傷つけ、互いの距離を測りかねている二人。そんな彼女らに対して、突き放しているようにさえ聞こえる「目に見えているものしか分からない」という言葉は、相対的には優しい言葉ともとれるわけです。

物語の終盤、二人は飴を交換し合います。小糸は飴が好きだから、というたったそれだけの理由で。そんなシンプルなことで、しかし二人の心の距離は少し縮まりました。

浅倉が二人の価値観を、「見えているものしか分からないんじゃん?」と相対化したことによって、その第一歩を踏み出すことが出来たんではないかと思っています。

ですので、浅倉がどうしてあのような発言をしたのか?について明確な答えを出すことは出来ないのですが、「浅倉はその状況において、求められる(最適な)発言をした」と捉えることは出来るのではないでしょうか。
そしてこれは、後述「メッセージカード」にまつわる浅倉の言動についても、近しいことが言えると思います。

(2)メッセージカード

メッセージカードとおばばのエピソードについても、浅倉透の言動が印象的でした。

にわか知識で語るようで申し訳ないのですが、私は浅倉のことを、(1)で触れたような「目に見えるものを重視するタイプ」ではないと思っていました。同じノクチルだったらむしろ樋口や雛菜がそういったタイプで、浅倉と小糸は目には見えないものに重きを置いているタイプだと勝手に認識していたのです。

ですので、「見えているものしか分からない」という彼女の発言にはびっくりしたのですが、上述したように「求められた発言をした」のだと捉え直したとき、個人的には腑に落ちました。

※ただ、「求められた発言をした」というだけだとは思っていなくて、彼女は樋口の幼なじみでもあるので、元来からそういった気質が形成されていたのだとも思います。

(1)の浅倉の発言は、「その発言が求められていたから」だと考えたわけですが、これはおばばに対する態度についても同じ事が言えそうです。

メッセージカードの文面や地域住民の話を併せて考えると、どうやらおばばは孫を喪っているらしいと分かります。孫が「来年の分、自分で渡せたら良いな」と遺しているところから、おそらくは病気が原因でしょう。
孫を喪ったおばばの悲しみは想像を絶しますし、それがきっかけなのか、おばばは気力を失っているように見えます。地域住民の声かけにもあまり反応がありませんし、認知症のような状態なのかもしれません。

そんなおばばが、「おかえり」と口にします。

そして、本シナリオのテーマからこのストーリー展開について考えると、大切なのはやはり次のセリフなのかなと思いました。

朝倉透の台詞

これは、「自分が孫のように振る舞った嘘」について言及している浅倉の台詞ですが、実はアイドルたちや私たちが抱いている、「おばばに対しての認知」についても、同様のことが言えると思っています。
そしてそれこそが、「火の用心」側のストーリーで描かれる「祈り」を考える上で、最も大切なことではないかと。

というのも、「病気になって一年後のクリスマスを迎えられなかった孫と、遺ったメッセージカード。孫を喪ったおばばの大きな悲しみ」という上記したストーリーは、実際のところ辻褄が合っているに過ぎず、真実であるという保証はどこにもありません。
おばばの姿に悲しみを見てしまうのは、「本当のように見えるだけ」なわけです。

これが、テーマで触れているところの「ありのままのこと」。
おばばが庭先に佇んでいるという事実、メッセージカードが図書館にあったという事実だけが存在し、それらをつなぎ合わせるストーリーについては認知する人間によって生み出されているに過ぎないということです。

それでも、浅倉透はそこにおばばの悲しみを見て、
口にして欲しいんじゃないかと考えて、
そして返事をしました。

ありのままの事柄を、どうにかする力は私たちにはありません。

どれだけ辻褄が合っていようと、本当は孫は死んでいないのかもしれないし、おばばは朝倉のことを孫だと勘違いしていたわけではないのかもしれない。
どれだけ辻褄が合っていようと、本当は浅倉は何も考えていなかったのかもしれないし、小糸に関心がなかっただけなのかもしれない。

本当のところは分からないわけです。

それでも、祈ることは出来る。

「火の用心」側のストーリーのメインとなるメッセージは、上記のシーンに尽きると思います。

夜回りに参加したアイドルがどれだけ手を尽くしても、親族を喪ったおばばの悲しみを埋めるのは非常に困難でしょう。それに、認知症がもし進行しているとして、それをとどめる方法だってない。

それでも、祈り、思うことは出来る

自分で手渡せないかもしれないメッセージカードに、その一言を書き添えたときの気持ちが、届いていたならいいなと思いますね。

3.「冬季集中レッスン」

(1)SNSでのルカのつぶやき

「冬季集中レッスン」側のストーリーで印象的だったのはやはり、物語の最初と最後を締めくくる「斑鳩ルカのつぶやき」でしょう。

かつて、美琴とユニットを組んでいたときのルカは、雪を見て楽しげに声を弾ませていました。しかし、一人になってしまった彼女は雪を「ゴミのようだ」と切り捨てます。

かつての斑鳩ルカ

「火の用心」の節でも触れたように、本シナリオで重要な要素として存在するのは「あるがままのもの」と、それに対する「心(=認知)」です。

雪、サイネージ、クリスマス仕様のイルミネーション…という単なる現象・物に対し、斑鳩ルカの心はそれらを「ごみのようなもの」として捉えてしまう
(彼女が何に対して怒りを感じているのかは今なお明かされていませんが、何かのっぴきならない事情があるのでしょう。)

対して灯織は、イルミネーションを美しいと感じました。

「冬季集中レッスン」のシナリオでは、こうした「捉え方の違う二人」を描くことによって、「火の用心」のシナリオでも描かれる「祈るしかないが、祈ることが出来る」という主題を、別側面からも掘り下げようとしているのだと理解しました。

「火の用心」側では「祈り」がキーワードでしたが、「冬季集中レッスン」側ではよりネガティブで、負の側面に着目したシナリオになっています。
前者が祈りであるのなら、こちらはバイアスなどと表現できるのではないでしょうか。憎しみ混じりの「そうであるべきだ、そうに違いない」というような感情です。

「あるがままのもの」に対して、「それはどうすることも出来ないから祈る」という「表」と、「そうであるべきで、そうに違いない」と考えてしまう「裏」。
心の動きとしてはどちらも自然である一方で、これらは表裏一体の関係でもあります。

ちなみにですが、「斑鳩ルカのファンたち」もまた、そうした「あるがままのもの」と「認知」の関係についての描写が存在します。

ルカのつぶやきという単なる現象から、「ルカは自分で自分を苦しめている」「ルカには自分がいないとダメなんだ」などと、額面以上の認知を醸成させているのが分かりますよね。

(2)風野灯織の想い

(1)で触れたように、イルミネーションに対してポジティブな灯織とネガティブなルカという、対照的な関係があります。
私のような凡人の考えでいけば、病みがちなルカに対して灯織がよい影響を与える……というような、ネガティブな感情を否定する語り口になってしまいそうなところです。

ところが、本シナリオは違いました。
物語が進んでゆく中で、灯織とルカはそれぞれ、スタート地点とは異なる認知を形成します。

まず灯織。
ひょんなことからルカと知り合いになるも、相手は自分のことを知りませんでした。その時点で存在する事実は、「斑鳩ルカが風野灯織を認知していなかった」というだけなワケです。
ところが灯織は、こんな風に胸中を述べます。

謙虚で努力家な灯織らしい言葉ではありますが、こうした判断が物語終盤の展開を呼び込んでしまいました。「火の用心」側のエピソードとは対照的に、認知の負の側面を描いていると言えるでしょう。

また、ルカは逆にポジティブな側面が前に出てきます。「真面目に基礎をやってきたって感じの、自分に似た練習生」との練習が、彼女の精神によい影響を与えたのでしょう。

「冬季集中レッスン」のエピソードは、残念ながら破局という結末を迎えることになります。
しかしその過程で、元々ポジティブな感情からスタートした灯織がマイナスの認知を、元々ネガティブな感情からスタートしたルカがプラスの認知を獲得する姿を描いています。このポイントはとても大切ではないでしょうか。

私は、この二人の関係が凛世と小糸の関係の対比になっていると考えています。

一見すると、二人は順調によい関係を築いているように見えるので、凛世たちの関係とは似ていないように見えますね。
しかし、ここまで何度も触れてきた「事実と認知の関係→祈り」という図式に当てはめると、灯織たちの関係は綺麗な対比になっていると気づきます。凛世たちが「表」なら、灯織たちは「裏」といったところでしょうか。

大切なのは、「この二組に共通する認知」。つまり心の動きです。

前の節で触れたように、凛世と小糸は「事実に対して、それ以上の情報を受け取ってしまう」という過剰な認知によって、互いに一歩目が踏み出せず距離感に苦心していました。これは、浅倉の言葉をきっかけに相対化され、飴を交換することで決着します。

それに対し灯織とルカもまた、「事実に対して、相手はこうに違いない」と捉えてしまっていました。
「自分がまだまだだからルカは自分のことを知らなかったし、自然と知ってもらえるようにならないといけない」「彼女は練習生に違いなくて、自分が憎む283プロの連中とは違うに決まっている」という過剰な認知が、最終的には彼女らの関係を破局に導いてしまいます。

同じテーマが、性質と結末を変えて二度描かれている。ここでようやく、冒頭に触れていた「1つのテーマを表裏から描く」が出てくるわけです。

同じような状況で、ディスコネクトが発生してしまった二組。
ありのままの実体を受け入れ、こうであってほしいとささやかな祈りを胸に一歩を踏み出した凛世と小糸に対し、
283プロの人間の言葉に耳を傾けることも、ひたむきな灯織の姿さえもまっすぐ受け止められなくなってしまったルカによる、関係性の破局。

まさに表裏の関係ではないでしょうか?

そうなると当然、「火の用心」側のストーリーがそうであったように、
「冬季集中レッスン」側のストーリーもまた、認知の先にある「祈り」によって物語が閉じられることになるでしょう。

それこそが、終盤のモノローグです。


どうしてラストに「灯織のモノローグ(祈り)」が来るのか、については理解いただけたのではないでしょうか。
「火の用心」も「冬季集中レッスン」も、事実と認知、そしてその先にある祈りを描いた物語であるから、ということですね。

しかし、上のシーンをみて少し疑問に思うことがあります。

それは、やや唐突に登場する「線」「色」「家」というフレーズです。
これらは当然、イベントタイトルやあらすじからのキーワードの回収という意味合いで使われていると思いますが、はたしてどのような意味・意図で用いられているのでしょうか。
最後に、それについて考えていきます。

4.シナリオ全体のテーマと、「線」「あらすじ」の意味

結論から言うと、「線」はアイドルたちのことであり、メッセージカードのことであり、そして物語の中で描かれる「祈り」の事でもあると思っています。言い換えると、「あらゆる、認知の対象は”線”である」とも言えるでしょう。
我ながらもってまわった言い回しなので、詳しく書いていこうと思います。

ここまで述べてきたように、本シナリオは「事実」と「認知」、そしてその先にある「祈り」を描いた物語だと思います。上記は、その「事実」がイコール「線」であるということを言っているのですが…
ここで、あらすじの意味を考えてみましょう。

たとえばここに羽を描くとして
おまえは飛んでいけるだろうか、線
たとえば果樹を描くとして
おまえは実をなせるだろうか、円

もちろんできるとも
できないなら、人はペンを持つかい?

『線たちの12月』あらすじ

「線」=「事実」であり、本作がそういった事実に対する認知と祈りを描いているのだとしたら、このあらすじを翻訳するのは容易でしょう。

例えばメッセージカードに誰かへの想いをしたためるとき、カードには当然文字が並びます。しかしそれらは文字に見えているだけで、単なる線と線の組み合わせでしかありません。絵を描いて、そこに色をつけたとしても、そこには線と色の組み合わせがあるというだけなワケです。
それが、単なる事実。
けれど、もしそうだったとしても、

気持ちが伝わらないと思っているのなら、人はペンを持つのでしょうか?
答えはもちろんNOです。
単なる線の連なりだったとしても、伝わって欲しいと祈ることは出来ます。

私たちの存在も、メッセージカードも、文字も絵も、それらは単なる現象であり物理的なものです。
「線」でしかない。
だとしても、伝わって欲しいと祈る。

伝わると思うから、人はペンを持つのです。

灯織が事務所を「家」と表現したのも同じ。
単なる部屋を家だと感じることが出来るのは、これまでの283プロや灯織の蓄積があるからです。

斑鳩ルカにも、そうであって欲しい。

それが、灯織の願いだったのではないでしょうか。



雪は、美しいものでも、ゴミのようなものでもない。
単なる、雪という現象に過ぎないのです。

それでも私は、斑鳩ルカが「雪を美しい」と感じる日が来ることを、
祈らずにはいられません。



5.おわりに

浅倉のこと語って、すんませんした!
また気が向いたら何か感想とか書こうと思います。



ちなみに他にも書いてます。よければ是非!

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