心の病の可視化「今日もあなたに太陽を」
6月の梅雨の時期に決まって思い出す事がある。父のうつ病の事だ。
昭和の終わり、1988年の6月の事だった。42年も働いていたダムからの帰り、道に迷い、なかなか帰って来なかった。
父は「2,3日前、交通事故のあった現場を通り過ぎると急にわけがわからなくなった。気が付いたら、全く知らない森の中を走っていた。それから汗びっしょりになって死に物狂いで帰ってきた」
父が会社に出勤した最後の日の出来事。
父は、会社で最初に電話対応ができなくなった。言葉が思うように口から出なくなったとしきりに言い、首を傾げたまま喋らなくなった。
「全ての交通事故は俺の責任だ」と訳のわからない事を言い始め、病院に行き「うつ病」だと診断された。
当時も今も私は心の病についての本を読み、体験談を読み、理解しようと試みたが、よくわからなかった。
韓国ドラマ「今日もあなたに太陽を~精神科ナースのdiary~」は、長年知りたかった心の病の苦しみが可視化されていて、当時闘病中の父の言葉の謎がストレートに理解できた。
もちろん本当に病を経験した人から見れば「あんなものではない」と言われるかもしれないが、病の中の父の不可解な言葉が、深く理解できた。
特に第5話の「心の黄色信号」では、母親が、中学生の娘がいじめにあいうつ状態になり、精神科に連れて行く。
娘の診断中、母は携帯に会社から電話がかかってきたと勘違いする。
その様子を見てチャ医師は「(母親に)睡眠はとれてます?」と聞く。
母親は何も答えない。しかし、映像では、母親は虐めで娘の顔の傷を気にしながらも隣室でPC仕事をし、あっという間に朝を迎える姿が描かれる。
映像には母親の声「娘の具合が悪いのに、あまり一緒にいてあげられないので、夜はそばにいたいんです」が入るが、先生への問いの答えというより、母親の心の声のように響く。
その後、雨の中母親は、数日前怒りをぶつけた、娘を虐めていた娘の母親に、「成績優秀者の母親のトークルームに自分を招待してほしい」と笑顔で頼む。
夫は驚愕し「娘を虐めた母親となぜ笑顔で話すんだ!」と怒る。
母親は、娘の虐めの相手の親の事を忘れていた。母親は、突然、傘を投げだし「忘れるなんて!」と震え、自分の異常を自覚する。
父親と娘が去り、一人残され雨の中を歩く母親の視界から、ビルが消え、道路が消え、真っ白な空間にただ一人佇んでいる。
その風景を見た時、父も同じような風景の中で車を運転し「気が付いたら、全く知らない森の中を走っていた。それから汗びっしょりになって死に物狂いで帰ってきた」という言葉が、急にリアルに思えた。
チャ医師は、母親に治療のために自分の過去の出来事を感情に沿って自叙伝を書く事を進める。その次に否定的な感情の所に黄色いマーカーの線を引いてもらう。
母親の黄色いマーカーは出産後、急に増えている。
母親はうつ病の仮性認知症と診断される。
父は、脳波に異常はなく「認知症ではない」と言われ「うつ病」として薬を飲んでいた。
しかし父の幻覚はひどくなり、自分の体に人が触れば、その人が死ぬといい自分の周りから人を避けた。鼻水が流れれば、また人が死ぬと言い、チリ紙を鼻に詰め続けた。
テレビに誰かが映っていると言い、監視され見張られていると消えているテレビに怯えた。
「地の底に引きずり込まれる恐怖だ」と私に言った。
その妄想やうつ病の苦しみは、後半、主人公の看護師ダウンが、もっと大切に感じていた患者の苦しみと共に可視化されていく。
驚いた事に、8話の「悲しみの有効期限」では、うつ病になったダウン看護師が父の言葉どおり、家の部屋の中で、足下が突然、水にぬかるむ泥に変化し、やがて底なしの泥沼の中に吸い込まれてしまう。
亡くなった父の言葉通りの苦しみが、うつ病患者共通の心の不安や恐怖であり、心の中の真実だったと知り、言い知れぬ後悔の念に苛まれた。
あの頃、精神医学が進んでいたら、このドラマの中のような病院や精神科の先生がいて、父の感情の出来事を客観的に振り返り、自分を否定する感情を客観的に見つめ、ゆっくりと感情の筋肉を鍛える事ができていたら…と叶わぬ事を考えてしまう。
父の人生は、子供や家族のために費やされ、最後まで自分の幸福を求める事もなく働き続け、周囲に苦しみを理解されず、自責の念に包まれ亡くなってしまったと思うとたまらなくやるせない。
各話どれもシリアスな内容だが、ユーモアと恋愛ドラマも絡み、それが韓国ドラマでは苦手に感じる事もあるが、この世界では救いとなる。
結局は心の幸福は、自分の周りの人々と愛する人との関係ではないか?と思えるドラマだった。
また看護師、医者、患者も、その周りの人々も、私たちと同じ、傷つきやすく弱く、自分勝手で「それでも幸せに生きたい」と願う共感できる人々だった。
全話見て、最初の第一話「夜が明ける前が一番暗い」の高圧的な母親との関係で双極性障害になり「きっと再発する」という患者に、看護師長が言った言葉が再び蘇った。
力強い言葉に救われ、誰でも明日なるかもしれない心の病への準備と対処法を教えてくれる。
自分自身の弱い心に必要な、とても大切なドラマだと思う。
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