恋愛小説 ②

4月7日 始業式当日
今日から4年生がスタートする日。僕は前日のゲームによる夜更かしが響き寝坊した。
「早く起きて。遅刻するわよ。」
母の怒号で目覚めた朝。僕は机に置いてあった目覚ましを見て驚いた。
時刻はもうすぐ8時、下手をすれば遅刻する。だけど、少し急げば——。
「今日は3時間しか授業がない。朝食抜いても多少は大丈夫だろう。」
僕はいつまでもぐちぐち何かを吐き続ける母を無視し家を飛び出した。
家を出て、全力で走る。
「このペースでいければなんとか」
そう思った時だった。
「す、すみません。」
突然、赤いランドセルをからった少女に声を掛けられた。
正直、かなり急いでいたこともあり、最初は無視でもしておこうかと思ったが、そういうわけにもいかず、(かわいそうだし)手短に応対することにした。
「どうしました。」
「あの、実は私、一週間くらい前にこの街に引っ越してきたばかりで、小学校の場所とか、正直自信がなくて、案内していただけませんか?」
「急いでいるけど、それくらいならいいか。」僕は思い、彼女を案内してあげることにした。
背も高く、くっきりとした目鼻立ち。おまけに艶がすごいロングヘア。当時、小学4年で、女性とそんなに関わりどころか、興味すらなかった自分でも、彼女のことは美人で、モテそうなタイプだなと思った。同時に、彼女からかなりの大人っぽさを感じた。
「間違いなく自分よりも年上だろうな。」僕は心の中でそう呟いた。
双方とも何にも喋らずにいつもの通学路をただただ歩く。
「僕にとっては何度も何度も歩んだ道だけど、彼女にとってはこれがほぼ初めてなんだろうな。」そんなどうでもいいことを考えていた。だからなのか、この時は道を歩く感触がなんだか違ったような気がした。
そこからもまた2人は足を進める。話せる話題なんて何もないから、耳に響き渡るのはただただ2人がコンクリートを踏みつける音ばかり。
当時の僕は、(今もそんなに変わらないが)この雰囲気が大の苦手だった。2人っきりで誰も話さないこの無音の雰囲気が。これを何とか脱却すべく、彼女に対しありきたりな話題を振ることも考えたが、人見知りかつ臆病で、なおかつ精神年齢も実年齢も幼めな自分が、いかにも精神年齢も実年齢も自分を上回っていそうな彼女に話しかけられるわけもなく、時間と歩数がただただ勝手に経過していく。
この雰囲気に耐えかねて、少しだけ早歩きをしたり、しまいには思い切って学校まで猛ダッシュしてしまおうかとも何度も考えた。しかし、それもやはりできなかった。
それから仕方なく足を進める。学校までの道のりが本当に長く感じるし、それがとても辛い。さすがにこの雰囲気に耐えかねてしまった僕は、彼女が転校生だったことをふわりと思い出し、時間潰しのためだけにとりあえず質問を練り込んだ。しかし、本当に何にも出てこない。
「どこから転校してきたんですか?」
考えに考えて出てきたのは結局ありきたりのこの質問のみだった。
突然過ぎる質問に、彼女は少しピクリとしていたように思えたが、笑みを浮かべたのち、すかさず答えてくれた。確か県外のどこかだったと思うが、緊張のせいで実はよく覚えていないけれど。
その返答を待つ間に次の質問も考えたが、さっきと同じで結局何も出てこない。また、彼女の見た目はどう見ても自分より、「お姉さん」なため、話しかけにくい部分もある。そのこともあり、またしても地獄のような無口の時間が続いてしまうこととなってしまった。そんな状態ではありながらも、ようやく、あともう少しで学校というところまで差し掛かってきた。「こんな地獄のような時間もマジでもう終わりだな。」僕は心の中で歓喜した。
その時だった。
「あの、」
突然、彼女が声をかけてきた。
「どうせお礼がなんかかな?」僕はそう思っていた。
「あの、すみません。〇〇(当時流行していたアイドルグループの名前)好きなんですか?」
一瞬、頭が回らなくなった。
「まぁ、好きですけども、な、なんで分かったんですか?」
「だって、ランドセルとか、手に持ってる手提げ袋にストラップが。」
当時、その好きなアイドルグループとあるお菓子の会社がコラボしていて、それで兄から譲り受けたストラップをいくつか付けていた。しかし、クラスメイトとかはアイドルにはほぼ関心がなく、皆アニメやゲームの話題が多かったからあまり気付かれなかったような記憶がある。だから、こういう形で声を掛けてくれたのは初めてだった。詳しく話を聞いてみると、その子もどうやらそのアイドルグループのファンだったみたいで、そのストラップも集めていたみたいだ。その時もたくさん買ってるのに推しの子だけなかなか引けないとか嘆いていた。学校まで直線距離が本当にあと少ししかないのに、まさかの共通の趣味の部分で意気投合してしまった。もちろん、話をしている間は楽しい気持ちが10割だったが、話をしながら、もうすぐ強制的に別れなきゃいけなくなるということに気付き、後悔というか寂しいというか、よくわからない気持ちが降り注いできた。せめて学年ぐらいは聞いておきたいなと思ったが、なぜかその勇気が出ない。そして、もし聞けてもそこにわざわざ話に行くようなことは絶対ないだろう。とりあえず、今のこの時間を大切にしようと思った。また、こんなかわいく大人っぽい子と共通の趣味の話題をお話しできたことを兄に自慢してやろうと子供心ながらうっすら思っていた。
学校にも着き、正門から学校に入る。彼女は転校生だったこともあり、先生たちに呼び出されているみたいだ。彼女から感謝の言葉を告げられ、そこで別れることとなった。
当時の僕は正直、クラス替えなんてものにこれっぽちも興味なかった。靴箱に貼ってある名簿表を見て、「あっそう。」と思って、その気持ちのまま教室に入るのが毎年のルーティンであった。
当然ながらそれはこの年も変わらなかった。
階段を昇り、その教室に入る。当時、その学校はマンモス校だったこともあり、人が多く、教室はもちろん、廊下や階段までとにかく騒がしかった。
「〇〇さんと今年も一緒だ。」
「うわまた〇〇と一緒かよ。」
「担任の先生誰かな。」
なんていう会話があちこち流れてくるが、それらも全てうるさいなぐらいしか思っていなかった。ってかそれどころではなかったのかもしれない。担任の先生とか、クラスメイトとか、そういうものよりも、さっきまで話していたあの子のことが頭から離れなかった。あんなに話が盛り上がり、なおかつ同じ小学校にいるにも関わらず、クラスどころか学年すらわからないからもう二度と話せないし、会える確率すら低いんだろうなと思うと、ものすごく寂しいような気持ちに襲われた。だから、そのすぐ後にあった全校朝会や、その中であった担任教師の発表にもあまり身が入らなかった。
そのような行事が終わった後、運良く同じクラスになれた数少ない友達の友達の1人と喋りながら教室に帰る。そのまま指定された席に座り、1時間目の開始を待っていた。
10分、15分くらい経っただろうか。久しぶりに聞いたチャイムが1時間目の始まりを告げた。
新年度の最初の授業のスタートは、基本的には自己紹介から始まる。きっとそれは日本全国どころか万国共通であろう。しかし、4年生にもなればさすがに名前くらいは知っている。だからなのかは分からないが、その部分はカットされた。
「ここからは真剣な話をするから、ちょっと静かにしなさい。」
担任が二拍パチパチと手を叩き声を上げた。
「今日から、うちの学年、クラスに新しく仲間入りしてくれる子がいます。」
「お〜。」
クラスメイトから少しだけ歓声が上がる。
「先生、その子、男子ですか、女子ですか?」
「どんな子ですか?」
「静かに。」
やんちゃな子達の騒ぎ声を担任が制止する。
「ゴホン。」
担任は一回軽く咳払いをした後、
「それでは、入ってきてくれますか?」
と外にいるその子に声を掛けた。
「ガラガラガラ。」ドアが音を立てながら開く。当然ながら入ってくるその子に一斉に視線が集まった。
「え?」
僕は、一瞬、固まってしまった。
動くにも動けない。そんな感じだった。
そして、うっすらとではあるが、目があったような気がした。

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