恋愛小説 ➉

「そろそろ、夜ご飯食べようかな。」
翌日の夜、麗奈はそう思い、早速行動に移す。
父親は去年から下関に単身赴任。
母親は仕事の都合で、今日は1人だけの夕食。
単身赴任の話が持ち上がった時、転校することも真剣に考えたが、麗奈が高校生であることや、福岡から下関はそこそこ近いこともあり、こういう形を取ることとなった。
普段だったらこういう時、母親がかねてから作り置きしてくれたものを、タッパーからよそって食べる。しかし、今日くらいは気の赴くまま、自分が食べたいものを自分で作って食べたい。なんでか知らないけど今猛烈にそばが食べたい気分。一応受験生だけど、それくらいはしてもいいよね。
麗奈は、まず、キッチンに置いてある冷蔵庫のドアに手を掛け、その中にある食材にざっと目を通す。
乾麺1束、麺つゆ、海苔。そして、リビングの机には大好きな七味唐辛子も置いてある。面倒くさい買い出しをすることなく、なんとか作れそうだ。
早速、鍋に水を張り、乾麺を投入し、火をかける。
時折箸で混ぜながら、後は楽しみに出来上がりを待つ。
「ピピピピっ ピピピピっ。」
設定したキッチンタイマーが鳴る。
それに従い、火傷に気をつけながら水を切り、別の容器に移した。
後は、麺を水で少しすすぎ、皿に盛り付ければもう完成なのだが、これだけじゃ物足りない。久しぶりに、野菜の天ぷらとかき揚げを作ろうと思う。
ここからは未知の領域であるため、タブレットの電源を入れ、数あるアプリの中で隅っこに追いやられていた料理アプリを開く。
それに従いながら、材料を調達していく。
「そういえばあいつ、揚げ物好きだったよな。給食で余ったらいつもじゃんけん参加してたもんな。」
順調に料理を仕上げてきた頃、麗奈は過去のあいつのことを再び思いだしてしまっていた。
「今はどうなんだろうな。変わってなければいいけど、でもあいつも大人になってるだろうし。うわ痛い。」
玉ねぎを氷水に漬けることを忘れていたことを、今更ながら思い出す。痛みに耐えながらなんとか切るが、めちゃくちゃ染みて痛い。少しだけ泣きそうになる。
「これも多分あいつのせいだ。」
なんとか切り終え、再びアプリの進行に従う。
数分後、苦労もあったが、なんとか作り終えることができた。
そして、いよいよ盛り付けに入る。
さっき作った1人分のそばを大皿に盛り、手で細かくちぎった海苔をぱらぱらと振る。そして、その隣のお茶碗に麺つゆをちょっと多めに注ぐ。ねぎとか、大根おろしを加える人もいるそうだが、麗奈はあんまり好まない。その代わり、ほんの少し七味唐辛子をふりかけ、箸で混ぜる。このピリ辛さがたまらない。ねぎや大根おろしも辛さはあるが、なんか物足りないような気がしてしまう。
そして、今度は別の皿に、揚げたてでまだ少しだけ音を立てているかき揚げと、茄子の天ぷら、フライドポテトを盛り付け置いた。
後は、コップにお茶を入れれば完成である。
「よし、食べよう。」
麗奈は、タンスから引っ張り出してきたエプロンを脱ぎ、畳んだ後、夕食に移る。
「いただきます。」
そばを箸で掬い、麺つゆに半分だけ漬け、そのまま口に運ぶ。
当然ながら美味い。そば本来の味に加え、麺つゆの鰹節と七味唐辛子のピリ辛さが染み渡り、いつもよりも味に深さを感じる。これはスーパーや100均で売っているものを揃えればいつでも作れるので、またこっそりやろうと思う。
一口、いや二口だけそばに箸を付け、いよいよ天ぷらに箸を移す。
最近、天ぷらも麺つゆにつけて食べることにハマっている。
以前、父親に少し高めのそば屋さんに連れて行ってもらった時にこの食べ方を覚え、家でもたまにやるようになった。
いつもはちょっとだけ母親に注意されることもあるが、今日は1人。後片付けさえしっかりすればやり放題である。
麗奈は箸で大きめのかき揚げを拾い、先の部分だけ麺つゆに浸す。
そして、濡れて柔らかくなった衣に噛み付いた。
「やっぱこれだ。」
納得する麗奈。
以前店で食べた味とは少し差はあるが、美味しいことに変わりはないため、気にしない。
その後、適当にテレビに目を通しながら、そのふたつを食べる。
数分後、幸せな気持ちに浸りながら、完食した。
その後は、しっかりと皿も洗い、油も決められた方法で処理し、後片付けを終える。
「あー。なんか眠くなってきた。」
歯磨きをした後、麗奈は自室のベッドで横になり、携帯をぼーっと見る。
「後ちょっと休んだら頑張らないと。宿題もあるし。」
一時的な睡魔に負けぬよう、なんとか心を奮い立たせる。
「そういえば、あいつはどうするんだろう。進学するのかな?それとも就職かな……まぁいいや。考えても分からないし。」
暇があればついついあいつのことを思い出し考えてしまう。もうこれは癖になってしまっている。今まではそれでよかったかもしれないが、もう事情が違う。
「よし、頑張ろう。あいつなんかとはもう二度と関わることはないんだから。」
麗奈は今日を機にあいつに関する思考を全てシャットアウトすることに決めた。

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