恋愛小説 ⑦


担任の発表や1時間目の時間を終え、2時間目の大掃除の時間に移る。
最初の掃除は、出席番号順に適当に振り分けられるため、必然的に彼女と一緒の掃除場になってしまった。(しかも2人だけ。)
場所は雑巾の必要がない渡り廊下。担当の先生もいるようでいない楽な場所である。早くちゃっちゃと終わらせて、教室に帰ろう。そう思っていた。
掃除が始まるチャイムが鳴り、早速僕は床を掃き始める。
中盤まで順調に掃除を進めてきた頃、突然、またしても背中に痛みが走る。当然ながら彼女の仕業である。
「だから、何するんだよ。」
「別に。」
「掃除中だろ。真面目にやれよ。」
「真面目にやったことなんか一度もないくせに。」
彼女の言葉が少しだけ胸に突き刺さる。
「さっきは嘘ついてごめん。」
彼女は、その言葉を聞いて、僕に対し目を合わせた。
「無理なんだよ。女子のことを下の名前で呼び捨てで呼ぶなんて。僕には。恥ずかしくて。だから、」
「だから?」
「苗字呼び捨てで妥協してくれ。」
「嫌だ。」
「頼む。」
彼女は、少しだけ冷た目な笑みを浮かべる。
そして、真っ直ぐにこちらを見つめた。そして、
「もう、しょうがないな。」
と一言だけ呟いた。
どうやら納得してくれたみたいで、少しだけほっとした。
その後もいろいろとあったような気がする。
本当に徐々に苗字呼びも慣れてきた頃、僕たちの小学校も熊本への修学旅行が計画される季節となった。友達は少なかったが、班決めは部屋決め、バスの座席決め、遊園地のスケジュール管理などの作業の過程は本当に楽しかった。
そして、旅行当日を迎えた。
行きのバスの中、僕は友達とおしゃべりをしたり、4人くらいでカードゲームをしていたりしてはしゃいでいた。
一方、彼女も、おそらく同性の友達と喋っていたり遊んでいたりしたのかな(正直覚えていない)
2泊3日の修学旅行。いろいろあったとは思うが、どこに行ったかとか、どこで何を食べたか、とかほとんど覚えていない。ただ2日目の夜の出来事を除いては。
2日目の夜風呂に入り、みんなで食事を食べ、それぞれが思い思いの自由時間を過ごしていたときのこと。
「8時にホテルの1階のロビーに来てよ」
みんなで夕食を食べていた時に、彼女からされた約束を思い出し、僕は慌てて時計を見た。
時刻は7時57分。本当に何とか間に合いそうである。
「いけない。すっぽかすところだった。」僕は思った。
「ちょっと用事があるから、下行って来るわ。」
僕は友達に告げる。
「ごめん、100円渡すから何か買ってきて。」
「はいよ。」
僕は友達からその100円を受け取り、急いで非常階段を降りた。
階段を降り、ロビーに出る。
するとそこでは、彼女が受付の椅子に腰をかけ、僕を待っていた。
「ごめん。待たせて。」
「いいよ。こっちこそ突然呼び出してごめん。」
「全然いいよ。ところでどうしたの。」
僕は彼女に呼びかけた。
「は、はい。」
「え!?」
突然、彼女は僕に1枚の封筒を渡してきた。目も合わせずに。
「今日、班長で疲れてるからもうすぐ寝る。」
彼女は僕にそれだけ言い残し、逃げるように非常階段を走って駆け上っていた。
「??????」
まさしく僕の脳内はこんな感じだった。
「と、取り敢えず読もう。」
上で読むと、かなり騒がしく、おそらく集中できないと思い、僕は今誰もいないここで読むことにした。
なんだか高級そうな柔らかい椅子に腰掛け、ガラス張りの机に手紙を広げた。

岡崎くんへ。
いつも苗字呼び捨てで呼んでるけど、こういう大事な場面ではできないな。
君が私のことを、いつまでも下の名前で呼ぶことができない理由が、なんだかわかったような気になっちゃった。
まぁ、そんなの正直、どうでもいいんだけどさ、今日、岡崎くんにどうしても伝えたいことがあって、本当は直接伝えた方が絶対いいんだろうけど、照れて何にもできなさそうだから、今回、手紙を書くことにしました。
その、どうしても伝えたいことなんだけど、
私と、付き合ってください。
この文章を書いている今、今までにないくらい緊張してて、文法とかやばいと思うけど、そこは許してね。
返事の期限とかは設けないけど、できたら早めに返してくれたら嬉しいな。

麗奈より

これで、手紙は終わっていた。
確かに、彼女の書いた字は震えていて、文法もなんか混乱しているような感じだった。
普段、授業中やテストで見せる頭の良く、凛とした彼女の姿は、この手紙の中にはなかった。
だけど、それよりも、それよりも驚くべきことが起きてしまった。
現実なのか、夢なのか
事実なのか、嘘なのか。
彼女は本気で、こんなことを考えているのだろうか。
心の整理ができず、頭の中に渦巻くのは、行き場のない混乱と焦り、そして、受け取るにはあまりに重すぎる現実。それら一つ一つが交錯し合い、音を立てながら削れていく。
「答えを出そうと思っても、答えが出ない。そして、正解がわからない。」今まで、正解のある学校の勉強しかしてこなかった自分に、初めて舞い降りてきた、正解のない問題。
「じっくり考えるのも重要だけど、彼女を待たせるのもダメだよな。」
頭の中には何にも浮かんでこない状態の中、僕はまるで今目の前にある現実から逃げるかのごとく、その手紙をそっと閉じ、封筒に戻した後、ズボンのポケットに突っ込んだ。

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