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「周知の事実」の論理学
「周知の事実」は日常でもよく使う言葉ですが、その裏には興味深い構造が隠れています。
「周知の事実」に対応する言葉として、「共有知識」を紹介したいと思います。
ゲーム理論や認識論において、共有知識とは次のような意味の用語です。
共有知識 (きょうゆうちしき、common knowledge) とは、エージェントの集団における特殊な知識のひとつ。
エージェントの集団 G で p が共有知識であるとは、G に属するエージェント全員が p を知っていて、また「全員が p を知っている」ということを全員が知っていて、また「『全員が p を知っている』ということを全員が知っている」ということを全員が知っていて、というように際限なく続くときをいう。
普段の生活の中で「周知の事実」のような言葉を使う際には、みんながそれを知っているということだけが注目されます。
しかし、実際には「全員が p を知っていて、また「全員が p を知っている」ということを全員が知っていて、また「『全員が p を知っている』ということを全員が知っている」ということを全員が知っていて……」という状況が成り立たなければ、それは周知の事実として働かないというのが面白いポイントです。
椅子取りゲームの例
次の2つの場合にどのような差が生まれるのかを考えます。
全員が p を知っていて、また「全員が p を知っている」ということを全員が知っていて、また「『全員が p を知っている』ということを全員が知っていて……(共有知識がある場合)
全員が p を知っている
この2つの場合で結果が変わる例として、ヘッドホンを用いた椅子取りゲームを考えてみましょう。
n人で椅子取りゲームを行います。椅子は1個用意されています。
プレイヤーは全員配布されたヘッドホンを付けています。
ゲームマスターがボタンを押すとヘッドホンから音が流れます。
ボタンが押されているときには椅子に座ることができ、もし椅子に座ることができれば賞金を得ることができます。
ゲームマスターがボタンを押したのかどうかをプレイヤーが直接確認する方法はなく、参加者はヘッドホンの音を頼りにするしかありません。
ゲーム開始時には賞金が100円で、1秒経つごとに倍になるとします。
状況①
参加者全員が上に書いた条件を把握したうえで椅子取りゲームに参加した場合を考えてみましょう。これは共有知識がある場合に対応します。
この場合、プレイヤーがとるべき最善の戦略は、音が聞こえた瞬間に椅子に座りに行くことです。そうしないと、他のプレイヤーに椅子を取られてしまいます。
状況②
次に、参加者全員に以下のような嘘を教える場合を考えます。
「ヘッドホンが故障しているので、ゲームマスターがボタンを押しても一定確率で音が出ないことがある。」
このとき、プレイヤーはどのような戦略をとるでしょう?
プレイヤーが音を聞いた瞬間に座ると、その時の賞金を得ることができるかもしれません。
しかし、もしかするとこの瞬間他のプレイヤーは誰も音が聞こえていないかもしれません。この場合、もう1秒待てば賞金が倍になるので、椅子に座るべきではありません。
もし他にも音が聞こえたプレイヤーがいたとしても、同じような理由で座らないことを選ぶかもしれません。
音が聞こえた状況において、プレイヤーが座るかどうかは効率的フロンティアの問題です。リスクを負えばそれ相応のリターンが期待できます。
全員がリスクと引き換えにより高いリターンを望めば、誰も座ろうとしないでしょう。
つまり、全員音が聞こえているにもかかわらず、より高いリターンを求めて椅子の周りを歩き続ける状況があり得るのです。
2つの状況の違い
2つの状況の違いは、他のプレイヤーが音を聞いているのかを知る術の有無です。これによって、状況②では音が流れていることが共有知識ではなくなっています。
この例から、共有知識であるかどうかが結果に大きな差を生み出すことが分かります。
「周知の事実」の論理
「Aが周知の事実であること」の成立要件を帰納的に書けば、次のようになります。
Aを全員が知っている
Xを全員が知っているのならば、「Xを全員が知っている」ことを全員が知っている
この2つの条件を使えば、「全員が p を知っていて、また「全員が p を知っている」ということを全員が知っていて、また「『全員が p を知っている』ということを全員が知っている」ということを全員が知っていて……」のように、いくらでも長い命題をいくらでも作ることができます。
つまり、Aが周知の事実であるとき、私たちの頭の中にはこのようなとんでもない形式の命題が入っていることになります。
このような問題をプログラムなどで形式的に扱うのは非常に困難ですが、人間はそれを簡単に扱っています。
参考文献
小島寛之「景気を読み解く 数学入門」
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