人生劇場2 浩次の場合

幼いころの写真は白黒だ。白いシャツを着て、黒いズボンをはき、兄と庭の植木の前に立っている子どもは自分だと言われるがフシギだ。この頃はすでに猟奇的部分はあったのだろうか。隠していたのか、それともいじめを繰り返し受けたせいで培ってきたものなのか、もはやわからない。

紀子に出会ったのは、社会人3年目の冬だった。何もかもつまらない、いっそのこと死んでしまおうかと歩道橋の上から電車を眺めていたら、視線を感じた。数メートル離れた先に立っていた紀子が自分と同じ姿勢でこちらを見ていた。

黒々とした瞳と路面につもる数センチの雪を覚えている。紀子は黒い傘を差して白いコートを着ていた。あ、この日もモノクロだった。過去の記憶はすべてモノクロだ。色のない世界で生きてきた。何もかもがつまらない。つまならすぎて色から発せられる感情さえわからなかった。

そこに、あの時の紀子の目だけは「悲しい」「さみしい」を感じた。その気持ちが「側にいたい」に変わり、僕たちは一緒に住み始めた。側にいたいはいつしか、側にいなければいけない、側から離れてはいけない、家に居続けなければいけない、外に出てはいけない、誰とも連絡を取ってはいけない、部屋から出てはいけないに変わり、紀子はノイローゼになった。

やせ細り、ふろにも入らず、髪は抜け落ち、さすがに僕もバツが悪くなってきた。両親も心配してこそこそとやってくるが、すべて追い返した。紀子にはきれいでいて欲しかったから、美容院とスーパーへの買い物だけは許可をした。スマホは持たせず、自分とだけ連絡を取れる携帯を持たせた。

紀子は料理がうまかったから、スーパーへ買い出しに行き、好きな食材を買い、髪をキレイにしてもらい、以前よりもキレイになった。誰とも連絡を取っていない時間、何をしているのかと尋ねたら、お菓子を作ったり、本を読んだりしているという。

ただ、お菓子は作っても食べきれないので美容院のスタッフさんにあげてもいいかと聞かれ、それならいいのではないかと許可を出した。これが失敗だった。紀子は美容師と恋仲になっていたのだった。

女性は月に何度でも美容院にいくのが普通なのかと思っていたが、そうではないらしい。せいぜい月に一度が金銭的にも限界だと、同僚から後で聞いたが、紀子は月2回、多いときは毎週行っていた。メンテナンスやマッサージも兼ねていると言っていたが、毎週月曜日の美容院が休みの日を狙い、その男の家に行っていたのだった。

それがわかったのは、紀子がスマホの画面を開いたままソファで寝ていた夜のことだった。仕事で帰りが24時近くになり、紀子には何も連絡しないまま帰宅した。部屋の灯はついていて、いつもと変わらず紀子が「おかえりなさい、遅かったのね」と迎えてくれるものだと期待した。

しかし、リビングのドアを開けて目に飛び込んできたのは、これまでに見たこともない穏やかな表情で眠っている紀子の顔と画面にはメッセージのやり取り画面だった。両親とすら連絡を取っていないはずの紀子が、誰とメッセージを交わしているのか、一瞬で逆上した。

瞬時にスマホを奪い取ると、紀子の穏やかな顔が一瞬で解け、目を見開き、スマホに手を伸ばしてきた。その目は初めて見るようなもので、浩次は一瞬で嫉妬を覚えた。「男がいる」直感的に感じた浩次は、和室においてある工具箱からハンマーを取り出し、スマホをたたき割った。

「あ」と一瞬声を出した紀子は、その口を開けたまま、ぼーっとそれを見ていた。紀子の目は、その日から光ることはなくなった。


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