人生劇場1 紀子の場合

とんでもなく大変なことをしでかしてしまった。紀子の手の平にはべっとり紅。じっと見ていると紅はみるみる渇き、指紋までくっきり見えてきた。

カーテンの向こうはもう白い。夏の太陽に照り返される前に片付けよう。さて、こんな時頭は冷静だというがその通りだ。昼過ぎには兄夫婦がやってくる。その前にこれをどうにかする。決めれば叶う。こんな時にスピリチュアルに頼る自分に笑えてくるが、宇宙の法則ならば自分に味方してくれるはずだ。
私は完全犯罪を決める。これは犯罪ではない。私の未来とこいつの幸せな輪廻転生を願っての行動だ。

人の体はすぐに切れそうだ。ニュースでよくやっている女でも火事場のくそ時からでやれるようだ。大きなのこぎりやごみ袋を買うようなバカなことはしない。足がつくようなことは絶対にやってはいけないのだ。あくまで日常。何も変えてはいけない。異常な部分を残してはいけない

頭部、両手足、胴体を切り離した。風呂場には異臭が漂う。意外と不快に感じない紀子は自分はやはりおかしいのかと感じる。ぬるま湯で洗い流す。それぞれをゴミ袋に入れる。夏でも手袋をしていても違和感はない。紀子はいつも全身黒で年中過ごすからだ。

それぞれを適切なサイズの袋にいれ、今日は都内各所のゴミ箱を回ると決めている。午前のうちにいけば、その上にゴミがたまり夜には回収されるだろう。ゴミ集積所が一か所にたまらないよう事前調査済みだ。

胴体だけは大きい。これは那須高原の牧場でしばらく置いておくしかないだろう。牧草は異臭を和らげると聞いている。父が残した負の遺産がこんなところで効果を発揮するとは。紀子は片ほほを上げ笑っていた。

これで終わった。黒で覆いつくされた体のあちこちにできた傷が増えることはもうない。私に傷をつけ続けたこいつを始末したのだから。命は尊い。だが、その命は人の命を大切にしてこそだ。人の尊厳を欠くような人間の命は、早めになくなってもらわなければいけない。誰のことも幸せにできない人間は、この世には必要ないのだ。

体の一部に「さようなら」を告げ、紀子は山手線、埼京線、小田急線を乗り継ぎ、すべての物を捨てた。すこし悲しい気持ちになったが、それは自分は優しい人間なんだと思えてうれしかった。

ありがとうございます! ひきつづき、情熱をもって執筆がんばりますね!