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うちに帰りたくなかった頃

家が好きだ。一人暮らしの、自分だけの家が大好きだ。
出かけるのが嫌いなのではない。休みの日には一日中家にいると無性に外に出たくなって用事もないのに雑貨屋やスーパーを巡って家に帰宅する。
家から出たくないというより、家に帰ったあの瞬間が大好きなのだ。帰る場所がある、自分だけの場所がある、帰ってきてやっと一息つけるあの瞬間が好きである。
しかし昔は家に帰った時の一人きりのあの瞬間が嫌いだったし、できる限り家に帰りたくなかった。
それはアルコールが入っていると、尚更である。
今日は飲むぞ、と決めた日には朝日が昇るまで飲むし、基本帰りたくないので、ラブホテルで朝を迎えることもあった。夜のキラキラとした魔法が解けた姿を見せるのが怖くて化粧を落とさずに朝を迎えた。保存液をもっていないので仕方なくコンタクトはつけたまま寝た。多分、顔はボロボロだったけど、お昼にラーメンを食べて解散するのは楽しかった。
いつからだろう、いつもと同じ洗顔を使いたいと思うようになったのは。コンタクトをつけたまま寝る不快感が許せなくなったのは。
目の前にいる人と過ごす時間を最も優先していた頃、「いつもと同じシャンプーやトリートメントを使わなければ気が済まない、場の勢いでラブホテルに行ける人にはそのような拘りがないから行けるんだ」という呟きを見た。よく理解できなかった。自分の家だろうと、ラブホテルだろうと、髪が洗えるならそれでいいじゃない、と思った。

今日は久しぶりに遠方での飲みだったので、ビジネスホテルに泊まっている。2weekのコンタクトを今朝開封したことを忘れていた。もったいないのでそのまま寝ようと思う。シャワーを浴びていつもの洗顔で顔を洗った。水に触れたコンタクトが目の中の水分まで蒸発させる。部屋の明かりを消し、目をつぶる。目の中の異物が私の眠りを妨げる。13日の余命を残したコンタクトを両眼から引き端がして眠りについた。
私はいつのまにか大人になっていた。

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