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上京と状況について

 
今年は正直、生きているのか、死んでいるのかわからなかった。
九月に「みんな蛍を殺したかった」に続く、黒歴史ミステリシリーズとして書いた「私はだんだん氷になった」を刊行したが、よく一冊書き上げたものだと思う。
帯に「これは私の黒歴史であり、これからの黒歴史になるだろう」という文言を書いたが、その謳い文句通り、学生時代の黒歴史と、この一年の私の異常な精神状態が反映された、まさに絶望のジェットコースターのような一冊となった。

この小説は、東京で一人暮らしをしながら書いた。
東京に部屋を借りることにしたのは、心のどこかで憧れのようなものがあったからだった。
好きな小説の舞台も東京であることが多く、本当にばかみたいだけど、上京すれば、何か変わるかもしれないと思った。
しかし一カ月も経たないうちに、私は死にそうなほど、京都に帰りたくなっていた。
あれだけ憧れていた東京という街をちっとも好きになれなかった。
よくこんな存在しているだけでHPが減っていく街で暮らしているなと、東京で生きている妹を心から尊敬するくらい、私が生きていくのにはつらい街だった。
新宿や池袋や渋谷に行くたび、ゴミ箱のなかみたいだと思った。こんな街があることが、なんだか嫌になって病んだ。見渡す限り、人と建物で埋め尽くされていた。
京都が、自然が恋しかった。三条大橋からみる広い空や、家の前を飛ぶ蛍や、川に反射する太陽の光が恋しかった。
澄んだ空気が吸いたくて、毎日吐き気がした。
高層ホテルの窓から見たビルの灯りだけが、きれいだった。
進まない原稿と喪失感に泣きながら、猫を抱きしめながら眠った。

時は流れ、これを書いている今、私は京都に戻ってきている。
やっぱり京都が好きだなと思う。
ここには私のいつもがある。
私を形成してきたものがある。
たくさんの素晴らしい過去がつまっている。
川のきらめきがあり、山があり、おだやかな風が吹いている。
しあわせだ。満ち足りている。こわいものなどない気がしてくる。
けれど、あれだけ嫌だった東京の街が、なぜだろう、少しだけ恋しい。
それは陳腐だけど、たくさんの思い出ができたからだろう。
これまで通りに生きてきたら、出会えなかった人たちとの思い出。
そして、心から愛について考え、自分が人生に何を必要としているのかもわかった。
ばかみたいな理由で引っ越してみたけれど、東京に住んでみてよかったと思う。

さあ。私はこれから、こわがらずに生きていけるだろうか。
これを書いている今、どうしようもなくこわい。
だけど、どんな未来になっても、私には小説がある。
だから、駆けていこう。
新しい運命に向かって。


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