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ミニマリストがどうしても手放せなかった1品

写真はジャズの譜面集と
勉強したメモが入っている袋です。

わたしはジャズピアニストをしていたことがあります。

ジャズピアニストって書くのは
ものすごい葛藤でした。

だって「ものすごく弾ける人」
って思われたら怖いから。

「わぁ。弾いて弾いて〜」
って言われたらガッカリさせちゃうから。

(私は主にボーカルさんの伴奏をしていたのでソロは苦手です)

ミュージシャンにはピンからキリまでいるのです。

都心やニューヨークの第一線でプレイしている人もいれば、
地方で誰にも知られずに細々と演奏している人たちもいます。

わたしはその後者でした。

いつもどういう言葉であらわそうか考えてしまいます。

「ジャズを勉強してる」

「自称ミュージシャン」

「地方で他のミュージシャンのアクシデントにて出演不可の際に呼ばれる補欠レベル」

どれも本当ですが、どれもわたし自身を蔑んでかわいそうにもなります。

わたしの恐怖は

「私がジャズピアニストと言ったら他のジャズミュージシャンから怒られるのではないか」

と、まぁ、ものすごい劣等感からくるものなんですね〜

(あぁ、今、これを書いていて肩に力が入ってしまった)

一方ではこんな思いもあります。

「わたしはちゃんとギャラをいただいて演奏している。プロ意識は高いと思っているもん!」

なので、そろそろ自分を自虐的に落とすことからは卒業しようと思い、
ジャズピアニスト(だった)と名乗りました。

音楽を辞めて、ミニマリストライフを楽しむようになって楽器もすべて手放しました。

けれど、どうしても写真の2つは手放せなかったのです。

もう演奏はしないのだから楽譜集はなくても大丈夫なのですが、たまに眺めると楽しんでいる自分がいます。

では、

「勉強したメモはなぜ捨てられないのか」

とよく考えることがあります。

「こんなに努力した証を捨てられない」

という執着はあります。

なんたってジャズ理論は私の頭には合わないジャンル。
それを数年に渡り勉強したのですから。
(はい。もちろん全く覚えていませんよ)

それらは知人が教えてくれたものでした。

その人は教えることや理論に関して天才的なレベルで、私の語彙と演奏レベルを見抜いては分かりやすい言葉で説明してくれたのです。
(本当に感謝感謝。なのに音楽を辞めてごめん!)

手放せないのは、感謝への思い入れのほうが強いかもしれません。

そんな"思い出の写真"的なポジションとも言えるメモですが、
年に2回くらいは出番があるのです。

たまに音楽を聴いていると

「アレ?このコード進行なんじゃ??」

と気になってしまう時があります。

さぁ大変。

クローゼットの1番下に入っている小さなキャリーバッグを引きずり出して、パカっとオープン。
さらに厳重にジッパー付きのエリアにそれが入ってるんだもの。

メモを広げて

「どれどれ、さっきのコードは確かこの理論を使ってたのでは...」

と、推測して確認。

やったー!ビンゴ!

とスッキリすることもあれば

探しているうちに他のメモが目に入り無意識に覚えようとしてしまうこともあります。

(あぁ、もう今はこんなことに頭を酷使しなくていいんだった!と我に返り即ジッパー閉める)

でもやっぱり気になってそのへんのメモ紙にコード進行の分析を書いてしまうことも。
(そして頭が痛くなり、また我に帰る)

でも、素晴らしいこともあります。

当時理解出来なかった部分が数年経って腑に落ちることが多々あるのです。

その間、ジャズも音楽も関わっていないのにです。
時間の経過ってすごいですね。
(老後にはバリバリ理解しちゃうのでは??と期待が膨らむ〜)

さきほど、写真を撮影するためにキャリーバッグを開けてビックリしました。

ジャズ理論と賃貸契約書と離婚協議書が一緒の袋に入っていました。

(ありゃりゃ。私の中ではこれらと同等な重要書類なのね〜)

以上、
ノスタルジーと共に手放せない一品をご紹介いたしました。

袋を開けて思わず笑ってしまった私は今日もエレガント。


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