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Mountain Trail Running  ー山が教えてくれたことー

第9章 適量糖質高タンパク質

 「これからNBWプロジェクトを始動するにあたってちょっと教えて欲しいことがあるんだけど。食事内容をスレッド(Facebookメッセンジャーを利用したグループチャット)にアップして欲しい。日々の生活、特に口から入る物が体を作るのでこれが一番重要ってのはもう理解してるよね。あのライザップがやってる感じで報告してみて笑。ぼくと三人のセラピストでチェックしてアドバイスするよ。ニコルは体質改善が急務だと感じるんだよなー。」
 「了解です。食事については気をつけているつもりでも何が正解なのか分からないというのが正直なところです。」
 「競技にもよるけど、アスリートは今流行りの糖質制限のように糖質量を極端に減らすのは逆にデメリットだと思うよ。普通の人より圧倒的にエネルギーを使うので体質改善がうまくいかないと、常にガス欠で活力が出なくなる可能も無きにしも非ずだね。そして痩せたくなくても痩せ始める笑。ダイエットにはベターかもしれないけど、アスリートにとっては筋肉まで落ちてしまうからパワー不足で死活問題だな。
 ただし、本質的には糖質が多過ぎるのは問題だと思ってる。長友くんがやっているケトン体食(ケトン体とはアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンの総称。アセト酢酸とβヒドロキシ酪酸は脂肪酸でβ酸化によりアセチルCoAを経て変換され血中に貯蔵され、常時エネルギー源として利用される。アセトンは最終代謝物なのでエネルギー源にはならない。)については完全にポジティブ。ぼくも去年の夏から半年くらい糖質を制限してケトン体質になったから、ハイブリッド型のエネルギー代謝(糖質と脂質のエネルギーを効率よく代謝させる)の効果は理解してる。だから、本格的な体質改善をやるならシーズンオフのリスクフリーなタイミングでだな。
 その一方で、今現在、明らかにタンパク質不足が諸々不調や疲労の蓄積の原因になってるようだからタンパク質は意識して増やすべきだね。摂取カロリーを変えないなら糖質は自然とやや減ることになる。その程度の糖質減であれば体に極端な影響は出ないよ。最初はそれくらいからスタートでいいと思っている。うちのカンパニーでは、
 ”糖質制限<適量糖質高タンパク質”というのを推奨してるんだよ。制限するんじゃなくて、本当に必要な糖質量を理解してもらって前向きにトライする食事療法という感じかなー」
 「適量糖質高タンパク質って聞いたことないです。」
 「そりゃそうだよ、ぼくの造語だからねー笑。」

 オーソモレキュラーのメガビタミンに触発された栄養改善は、タンパク質の重要性への気付きに続いた。残るは三大栄養素の他の二つ、糖質と脂質だった。特に糖質については昨今の”糖質制限ブーム”の影響もあってか多くの書籍が出版されていた。プロサッカー選手長友佑都のケトン体食もアスリート界発信として注目を浴びていた。
 糖質を紐解くと脂質も一緒に見えてくるという構図がある。宗田哲男ドクターの「ケトン体が人類を救う 糖質制限でなぜ健康になるのか」(光文社新書)や夏井睦ドクターの「炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学」(光文社新書)など新書で簡単に読める良書が多かったので時間の節約になった。この時期は次に手をつけようとしていた書籍群が山積みになっており、二日で一冊のペースで本を読んでいたから本当に助かった。
 ”糖質制限”本質的にはその通りなのだが、制限というフレーズが私にはなぜかしっくりこなかった。糖尿病などの生活習慣病を罹患している人たちについては制限が必要なのだろうが、糖質はエネルギー源であり活力の源という概念が常識になっている多くの一般の人たちにとっては、大切な物を制限されるというネガティブな思考になるのではないかと思えた。治療において糖質を制限するということは本来必要としない分量まで糖質を摂取していることが問題なのだから、適量をしっかり把握しそれを普遍化すれば良い。
 「現代人は糖質を摂り過ぎている。」ホモ・サピエンスが、健康で活力溢れる生活を送るために必要な糖質の適量を探りたい。そう考えた私は、二〇一八年七月二一日、一念発起して糖質制限を開始した。妻恵里の協力も得て糖質の摂取量を一日100g以内(一食50gの二回)に抑えた。一般的な成人男性の糖質摂取量が250g〜300gと言うことなので半分以下から1/3以下である。一二歳から三七年間趣味で続けてきたサッカーをこの前月に引退したばかりだったので、糖質制限の影響でフィットネスが落ちても問題はなかった。そこで私は極端な糖質制限にトライしてみることにしたのだ。
 最初の一週間はとにかく苦しかった。これまでの生活ではご飯やパスタ、時にはパンなどを普通に食べてきた。特に運動の前後はパスタなど小麦製品をかなりの量(パスタなら120g〜150g)食べていたので体は完全に糖質依存のエネルギー代謝だったはずだ。これだけ食べるためには、いつも、どか食いで一気に掻っ込むスタイルだった。これでは胃腸に負担がかかるのも無理はない。常に軟便でそれが普通になっていた。栄養改善を始める前の二〇一七年七月の血液検査結果における血糖値(GLU)は122mg/dLと基準値をやや上回る要経過観察範囲だった。
 一食50gということはご飯茶碗一膳で60gなのでそれだけで既にオーバーしている。食物繊維が減るのは避けたいので野菜を食べる。当然野菜にも糖質が含まれているのでその結果ご飯は半膳になった。それが一日朝夕食の二回のみ。昼食は主食抜きだった。その代わりタンパク質を多く食べる。昼食は外食が多くなるが、定食で主食抜きだとカロリーが足りなくなる。そこでLabの前にあるLARGOのオーナーの渡辺に相談した。
 「ちょっとした人体実験で糖質をやめることにしました。きっと面白い結果が出ますよ笑。それで、いつも食べてるランチなんですが、もし可能なら主食のパンやご飯の代わりにサラダか何かを増やしてもらえませんか?」常連客顔で図々しくオファーしたら、渡辺は直ぐに快諾してくれた。その後、この裏メニューは「スペシャルで」と言う添え言葉と共に定着し、カンパニーのメンバーも嬉しそうに注文していた。渡辺はこうしていつも私の研究を応援してくれるのだが、もちろん以前私のサロンで彼の腰痛を改善させたのは言うまでもない笑。
 実際は、卵にしろ肉や魚にしろ急にそんなに量を食べれる物でもない。特に私は子どものころから胃腸が丈夫ではなかったのでなおさらだ。こんな具合で一回の食事量自体が減ったので小腹が減って仕方なかった。糖質制限中の間食はチーズかナッツが定番で、たまにゆで卵などを食べた。(ナッツ類は食べすぎると、含有されているフィチン酸によって貴重なミネラルを代謝されてしまうため注意が必要)卵は本当に重宝した。朝食後と就寝前にはプロテインを20gずつ摂取した。
 三日間は時々ふらっとすることがありエネルギー不足を実感したが、一週間もすると空腹感が気にならなくなった。体の変化としては、便通が改善してきたのだ。糖質を減らしたために消化器官への負担が減ったことはもちろんのこと、タンパク質が増えたことで消化酵素の分泌自体が増加したのが主要因だろう。胃腸が弱かったこれまでの人生を省みるとスポーツを真剣にやっている割に圧倒的なタンパク質不足だったのはほぼ確定だ。胃腸の改善は事前から期待していたことなので意外と早く結果に現れて嬉しかった。
 その後は特に目立った変化もないまま一ヶ月が過ぎた。この頃から書籍などで言われている噂通り、食後に眠くなることが減ってきた。イライラすることも減った。タンパク質強化は少し前から取り組んでいたので徐々にその効果は現れていたが、糖質制限でさらにはっきりしてきたのが肌質が良化したことだ。皺も心なしか減ってきたような気がする。そして味覚が変わった。野菜を甘く感じるようになったのだ。糖質制限の基本は精製糖質を減らすことがだが、特に砂糖などの甘味料が減ると本来の味覚が戻ってくる。以前からサプリメントでビタミンB群やEPAを摂取してるので、ここ一年は頭がすっきりする感覚があった。そのため今回改めて頭が冴えるようになった実感というのはなかった。ここまでが感覚的な変化になる。 
 数値面で測る理論的な変化では、体重が66kgから64kgへ2kg減、体脂肪率は13%から11%へ微減した。この程度では見た目の変化は分かりにくい。血液検査の結果では中性脂肪だけが204から108へと半減した。元々の数値が高すぎるのが問題だがこれは軽い運動と週末のサッカーでそこそこ体を動かしていたことに胡坐をかいて長らく不摂生を続けてきた結果だろう。見た目は中肉中背でやや筋肉質だったので、おそらく内臓脂肪が相当溜まっていたはずだ。糖質を制限してからの運動量については週末のサッカーがないので全体的な運動量は減っているが、それでもせいぜい1,000KCal/週程度だろう。この中性脂肪の半減は、糖質の飢餓状態に体が反応して、脂質をエネルギー源として利用するケトン体質に近くなったからに他ならない。三ヶ月半に渡って糖質を制限してきた後、有酸素運動の研究が加わってから事態は更に加速することになる。

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 「カーボローディング」はどうなっちゃうんですか?」
 「そこはシンプルに考えればいいと思うよ。サッカーのように速筋もフル稼働するスポーツにおては、血中のグリコーゲン量を増やすことにデメリットはない。脂質のエネルギーを効率よく利用できる体質へ改善できたら、必要最低限の糖質はしっかり摂るべきだと考えている。これは自分が山を走るようになって実感したんだけど、脂質のβ酸化や乳酸からの糖新生ではエネルギー産生が間に合わず速筋のエネルギー源であるグリコーゲン(糖質)が枯渇してしまう時がある。飢餓状態になると筋肉からタンパク質を分解してアミノ酸を作って糖新生を行うことがあるんだけど、せっかくの筋肉をエネルギー源として利用してしまっては本末転倒だよね。(そのために、血中のアミノ酸濃度は高いに越したことはない)糖質依存体質ならエネルギーが枯渇すると完全にガス欠で動けなくなるけど、セミケトン体質のハイブリッド型なら無駄に糖質を使わずに本当に必要なインテンシティ高いプレーの時に使えばいいという考え方だ。
 ヒトは本来持久力が特徴の動物だ。小麦を栽培して食料の安定供給を実現した農耕革命以前の一九万年くらいの間は脂質のエネルギーを利用して生きてきたんだ。だから、この本能を呼び覚ますアクションを入れる。まずは短期的に糖質を制限して糖質の飢餓状態を作る。これは体質改善の準備をするということ。
 そしてマフェトン理論(フィル・マフェトンが提唱する持久力強化理論)に則ってラントレを始める。マフェトン理論の実践と最初はエアロビックベースを作るためのLSD(ロングスローディスタンス)を混在させる。180ー年齢+5を絶対超えない心拍数でひたすら走る。この時に脂質のエネルギーを使う回路が目覚めるんだよ。人の体は本能でそうなってる。マフェトン理論ではたった二週間で本能が目覚め脂肪のエネルギーが使えるようになってくると言われている。ぼくはひたすら二ヶ月つづけたけど、ニコルはエロビックベースがある程度できているはずなので二週間くらい繰り返したらスタミナがついてきた実感をえることができるよ。糖質の飢餓状態でケトン体が増加しているから有酸素運動はとても効率のよい脂質のエネルギー代謝で行えるはずだ。このとてもゆっくりなペースで走るLSDには実は大事な意味があるんだよ。ニコルは一二〇分以上継続して走ったことないでしょ?サッカーって走るトレーニングするけど短いインターバルやコーディネーションとか糖質エネルギー主体の無酸素能力を鍛えるハイインテンシティトレーニングが多い。でもハイブリッド型なら有酸素能力も鍛えておきたいな。さっき言った通り脂質のエネルギーで走るんだけどこれが意外ときついんだ。普通に走るより遅く走ると接地時間が長くなる。フォームやバランスが悪いと余計な負荷がかかるから六〇分くらいで色々な部位が痛み出すよ。痛みが出たところは問題がある場所。それを抽出する。痛みが出ても後でちゃんとチューニングするから大丈夫だよ笑。そして、このトレーニングではインナーマッスルも鍛えられる。筋トレするよりよっぽど実用的な筋肉がつくぞ。
 そしてメンタルの強化だ。サッカーは目的のあるスポーツ。味方や相手のフォーメーションを読み解く戦術、相手との駆け引き、プレー選択、何よりボールを相手ゴールへ入れることなど目的が明確でアクションは変化に富む。一方このLSDはただひたすら同じペースで黙々と走るだけ。スピードの変化もなければ相手との駆け引きもない。延々と単純作業が二時間続くんだ。ぼくは三時間やることもあるけどね笑。忍耐強く走り続けるしか目的がない。そして痛みがじわじわ体を追い詰める。真綿で首を絞めらるような感じと言えば想像できるかな?LSDに比べるとさっさとゴールまで走り切って終われるレースが楽と思えるかもしれないな。サッカーのゲームでは集中力が重要だよね?でもエアポケットに入ったように集中が途切れる時がある。個人的にはLSDは座禅や瞑想と同じような効果があると考えている。だから集中力が付くし、きっとサッカーのゲームでも活きると思うよ。
 週二回のLSDを二週、つまり四回実施してある程度のエアロビックベースが強化できたら、ここから少し糖質を増やして適量糖質高タンパク質に切り替える。そして強度の高いファートレック走やインターバル走を入れて糖質のエネルギーと脂質のエネルギーの切り替えを体に覚えさせるんだ。これがハイブリッド型エンジンの構築プロセスということになる。」
 「一気に説明したけど分かった?笑。実際にやるのはずっと先のシーズンオフだから近くなったらまた説明するわ」
 「栄養がエネルギーの種類を決めるんですね。エネルギーは糖質だけだと思ってました。脂肪もエネルギー源か…」
 「そう!だから痩せ過ぎたら底力がなくなるのでサッカー選手の体脂肪率は男子で7%〜10%、女子で15%〜18%くらいが理想かな。まあここはエネルギー代謝効率に個人差があるから一概には言えないけどね。」
 「あっ、私はそれでも少し痩せないと…笑」(つづく)


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