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ニュートラルステップと浮遊と脱力

ニュートラルステップとは

先日、久しぶりにサッカー日本代表の試合をテレビ観戦した。それがブラジル戦だったことと、サポートしているJリーガーたちの伸びしろが日本代表のどのポジションの戦力強化につながるかを客観的に分析するためだ。趣味としての戦術分析も楽しいが、今はライフワークとしてのヴィジョンを掲げ会社経営をしているので、サッカー選手の個人能力の向上に重点をおいて観戦した。だから特に勝敗に関心はなく純粋に個の違いに着眼していた。

試合が始まり数分で、この数年でまたブラジルとの個の力差が開いた現実を目の当たりにし愕然とした。ブラジル人選手と日本人選手のいったい何が違うのか?

技術か?
体力か?
パワーか?
戦術理解度か?

同じ競技をしているのに動きが全く違うのだ。しなやかかつ斬れ味鋭く動く動物のそれと、筋力に頼りカクカク動くパワーロボットのそれとの違いだ。近頃は日本人選手も科学的なトレーニングを導入し、代表クラスともなると筋骨隆々で欧米の選手に引けを取らない体躯をしている。しかし、パワーに頼る動きなので初速が遅いのだ。加速後ではなく初速だ。一歩目がとにかく遅い。原因を一言で言えば"膝の向き"だ。日本人に限らずサッカー選手は膝が外に開く傾向にある。これが顕著に現れるのがディフェンス時の姿勢だ。

この動画の0:15。この記事は19番を背負った若き日のメッシ選手がスコールズ選手を一瞬でかわすシーンをカバー写真として採用している。あまりに象徴的な構図だからだ。イングランドプレミアリーグの雄マンチェスター・ユナイテッドの黄金期を支えた名手ポール・スコールズ選手が何もできず一瞬で抜き去られる衝撃映像である。ここではメッシ選手の偉大さは傍に置いておき重要なポイントにフォーカスする。要点は2つ。一つ目は膝の向き。二つ目は浮遊による脱力である。スコールズはディフェンスの一般的な基本姿勢を取っているように見える。

引用したこの少年サッカー向けメディアの記事でも基本姿勢はこのように説明されているが膝の向きには触れていない。この少年は右膝が外に向いて割れている。膝をやや外に向ける所謂ニーアウトなのだが、この姿勢を取って腰を屈めると身体操作的には死に體となる。腰椎が全く動かないので上半身と下半身がバラバラになってしまい可動域制限が起きるのだ。この障害は大腿骨を意図的に外に向ける姿勢なので人體工学視点で見れば当たり前の結果なのだが、サッカー界ではなぜか膝を割るという悪習が常識とされている。スポーツで膝を割るのは相撲くらいで、テニスやバスケットボール選手で膝を割ってサイドステップする選手はいない。1人もいないのだ。あのイチロー選手もご覧の通り。

NBAステファン・カリー選手のドリブル(左)イチロー選手の盗塁(右)

「バスケットボール?テニス?野球?サッカーとは違うだろ!!」とお考えのみなさんに衝撃的事実をお伝えしたい。今、サッカー日本代表では賛否あるにせよ"戦術は三笘”と言われるくらい頭ひとつ抜きに出た存在に躍進した感のある三笘薫選手。左FWを主戦場としているが、先のブラジル戦ではレアル・マドリード所属のミリトン選手に果敢に縦突破の勝負を挑んで話題になった。三笘選手は日本人選手には珍しく膝が割れないステップワークを持っている唯一無二の存在だ。膝が割れる多くの選手は大腿四頭筋の外側広筋が異様に発達する。重心は外になりサイドにステップを踏む時に過度な出力が必要となる。上半身と下半身の連動性が損なわれるのでバネではなくパワーに頼った動きになってしまう。一方、三笘選手のように膝が割れない稀有な選手は姿勢が多少高くても重心が内側にあるので一歩目が速く、全身が連動してしなやかに動く。そう、三笘選手のドリブルがネイマール選手のそれを彷彿とさせるのがまさにこの理由だ。

そのノリに乗ってる三笘選手を完全にストップしたブラジル代表のミリトン選手のこの姿勢。先のディフェンスで一般的に良しとされる少年の姿勢を見比べてほしい。スコールズ選手と比べるとどうだろうか。明らかに膝の向きが閉まっており重心は内側にある。目線は相手と同じ高さなので頸椎が折れず胸椎から仙骨まで一直線につながっている"三要が整った姿勢"を取っている。全く隙がない理にかなった構えなのだ。ミリトン選手の個人戦術としては、ペナルティボックス内に侵入される劣勢の局面だったのでカットインのコースを完全に消してダウンザラインの縦勝負に追い込み、身長差(ミリトン選手が186cmで三笘選手が176cm)によるリーチを活かしてゴールライン際で足先にボールを引っ掛けてコーナーキックに逃げる算段だったと思われる。

しかし、実際は…

三笘選手よりさらに低重心で加速したミリトン選手が體を入れての勝ち。こーナーキックに逃げるどころかマイボールにしてボールデットさせてしまった。お互いに内転筋を機能させるヒト本来の推進力を駆使した非常にレベルの高い1on1だが、ここまで重心を低くすることができたミリトン選手は足関節の可動域(背屈)が広くヒラメ筋伸縮を利用したバネが抜群に素晴らしいと言えるだろう。

膝の向きと低重心の極め付けはやはりメッシ選手だ。まだハムストリングの筋拘縮が閾値を超えるほど蓄積していない頃のメッシ選手が、静止からドリブル勝負を仕掛ける時の姿勢はかなり低い。この時の膝の向きは開かずにニュートラルポジションを取っている。一方、相対する元ポルトガル代表選手でスピードを武器としたマンチェスター・ユナイテッドのナニ選手は膝が完全に割れている。ここまで膝が割れてしまって重心を下げるとメッシ選手からしたら相手は止まっているように見えたはずだ。我々はこの時のメッシ選手のステップワークを"ニュートラルステップ"と名付けた。大腿骨を臼蓋から無理なく自然に伸ばした膝の向き、つまり膝をニュートラルポジションに保つことで内転筋群を最大限機能させる。内転筋と大腿二頭筋(ハムストリング)の筋拘縮を可能な限り取り除き筋肉もニュートラルな状態に保つ。骨と筋肉をニュートラルに整えたステップが最強無敵のニュートラルステップという事になる。


浮遊と脱力

膝の向きの話が長くなったが、二つ目はとっておきの要素となる浮遊と脱力だ。浮遊はカバー写真の通りまさに"浮く"ということだ笑。サッカーに精通しているみなさんならボールをトラップする瞬間に軽くジャンプすると體の力が抜けてボールが反発しないのをご存知だろう。この原理をドリブルに応用しているのが世界のクラッキたちだ。メッシ選手はもちろんのこと、実はイニエスタ選手やネイマール選手も浮遊している。これは現代の選手に限ったことではなく、あのジダン選手や古くはマラドーナ選手やペレ選手も浮いていた。キレやしなやかな動きのベースには浮遊で體をニュートラルに戻しエネルギーをゼロにするという秘訣があるのだ。

これは身体操作でも上級編になるのだが、日本に伝わる武術でも軽く浮く(重力から自由になる)ことで力が抜けて、體がニュートラルになるという概念がある。ボクシングはどうだろうか。パウンドフォーパウンド(PFP)のトップに躍り出た"モンスター"井上尚弥選手の衝撃的なKOシーンが記憶に新しい。ボクサーはステップワークの時に両足ともマットから離れて浮き上がるシーンがとても多い。体勢を整える時にステップを踏む。ジャブを打つ前は必ず浮いてニュートラルポジションを作る。ボクサーのトレーニングで代表的な縄跳び。あれは浮遊と脱力をつくりパワーを最大化するルーティンだ。私はプロサッカー選手のスプリント強化のためにアンクルホップをトレーニングで習慣化するように指導するが、筋肉チューニングによって筋拘縮蓄積の閾値が下がった選手には縄跳びを導入している。“ボクサー跳び”と言われる独特のステップは爪先で跳び踵をつけない。以前紹介したワラーチランニングによるフォアフットに通づるものだ。ボクサーのステップワークが一瞬のキレとパワーを生み出す浮遊と脱力のためだと知れば縄跳びを取り入れない手はないはずだ。

ご覧の通り、メッシ選手とスアレス選手はパス交換でもしっかり浮いている。

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