井戸

「うちの井戸から西野カナが聴こえるんです」

唐突にサークルの後輩Aが言ってきた

詳しく聞くとこういうことらしい

Aの実家の井戸から、毎年盆の時期になると歌が聴こえる

それが西野カナのトリセツだというのだ

突拍子の無い馬鹿話に話半分で聞いていたが、その表情はあまりに真剣だった

ちょうど来月から大学も夏季休暇に入るタイミングということもあり、

サークルメンバー6人と旅行がてら、Aの実家がある京都まで行くことになった

到着して驚いたが、なんと江戸時代から続く老舗旅館だった

当時の日本家屋を何度も改築して今の形にしているらしい

毎朝開店からパチ屋に並び、夕方以降戻ってこないような生活をしているAからは全く想像できなかった

ご両親はとても温かい方で、お盆に押しかけた非常識なオレらを丁寧にもてなしてくれた

豪華な京料理に舌鼓を打ち、天然温泉を堪能、風呂上がりの酒盛り、あとは気持ちよく寝るだけだ

「では、見に行きますか」

Aの言葉で皆本来の目的を思い出した

正直本当にどうでも良くなっていたが、せっかくなので重い腰を上げた

時間は22時半、中庭の日本庭園に連れて行かれる

一般客は入ることができないスペースらしく、観賞用に綺麗に整備されている

そこに井戸はあった

各々のあくびや、早く寝たいだのの不満の声をしーっ、と静止するA

本当に歌が聴こえた

確かに、現代風のメロディと歌声が聴こえてくる

すると、西野カナ好きの後輩Bさんが一言

「これトリセツじゃなくて、会いたくて会いたくてですよ」

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