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軌跡映画

TRACKING FILM Series
DV | Color | Stereo | 12 min | 16 series | 2004 - 2011 
URL:  https://vimeo.com/96423597
『軌跡映画』とは、作者(木村悟之)による造語で、実写映像作品のシリーズです。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の学生だった2004年から制作を始めました。2006年に、DVDレーベル・SOL CHORD(前田真二郎監修)からDVDが出版されました(https://solchord.jp/sc005.html)。下の画像はシリーズ16編で辿られた軌跡(GPSトラックログ)で、展示の際は映像とセットで提示されます。

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作品概要
作者は、ハンディGPSを用いて半径3kmの円周を、24時間かけて移動しながら撮影を行う。極めてストイックなルールのなかで行われたカメラ内編集により、「未知なる風景」に対する身体的反応を高い純度で記録している。「軌跡映画」とは即興映画のニュースタイルである。テクノロジーと身体の関係を、独自の手法で軽やかに示してみせている。

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ルール
以下の5つのルールに従って制作された映像作品を『軌跡映画』という。
● 撮影は、0時から24時までの24時間かけて行われる。
● 撮影は、半径3kmの円周を36等分した地点で進行方向に向かって行われる。
● 撮影者は、40分ごとに20秒ずつ、36カットを録画する。
● 撮影者は、辿られる円周の90度ごとの地点でねじ打ちを行う。
● 撮影者は、事前に地図を見てはならず、数値のみをたよりに移動する。

両義的ハプニング
例えば、暴風雨の模様を現地から中継するニュース映像。キャスターはどうにか正確な言葉で状況を伝えようとするけれど、風雨に煽られて画面は荒々しく揺れ、雨合羽がバタバタと乱舞して声を掻き消してしまう。当初それは半ば放送事故であったものの、現地の状況をなにより正確に視聴者へ伝える映像だったはず。当時の僕にとって映像の魅力は、そうしたハプニングの両義性を生み出すことにあり、『軌跡映画』の構想中は、撮影者が絶えず暴風雨に襲われるような状況をどうやったら作れるのかと考えました。

GPS 
2004年、まだGoogleマップもiPhoneもない時代。ある日、IAMASの関口敦仁教授から「これ、買っちゃった」と見せられたのが、携帯型GPSレシーバーGARMIN eTrex Venture(画像参照)でした。

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上の画像のディスプレイ中央にある円形のダイヤグラムは、24機から30機程あるGPS衛星のうち、どの衛星からデータを受け取っているのかを表します。その下に自分の現在地が、緯度・経度・高度の数値で示されています。この画面を見ながら歩くうちに「緯度+10.0" 経度-10.0" 高度-3m 移動してみよう」などと、数値の足し引きによる移動を試みるようになりました。

数値空間
数値計算によって移動し、日常的には歩かないような路地や茂みへ導かれると、そのうち取り返しのつかないほど迷子になっているのではと殊更な不安に襲われることがあります。ところが顔を上げれば、煌々と見知ったコンビニに遭遇し、狐につままれたような事が度々ありました。僕はその瞬間を「未知との遭遇」と呼ぶようになり、その瞬間にこそ両義的なハプニングを生む余地があると考えました。

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設定と実行
『軌跡映画』ではまず、撮影者が出発する地点(多くは宿泊所の玄関先)の座標から、36カットすべての撮影時間・方向・場所を割り出し、撮影プログラムを作ります。撮影者は、そこに記された数値とGPSレシーバーに表示される数値とを見比べながら移動し、既定の数値に辿り着くとその場所で20秒ずつ進行方向に向かって録画します。36カットすべてを録画し終えると12分の映像が収録されることになります。

ねじ打ち
辿るべき円周の90度ごとの地点で、撮影者が「ねじ打ち」を行うようルールを設定しました。作品映像では、9カット(3分)ごとに様々な環境へねじを打つ様子が記録されています。ねじは、撮影が実際に行われた事を証明します。例えば10年後に同じ場所で、別の撮影者によって『軌跡映画』が実行されるとき、かつての映像と現在の環境とを符合させる目印となるはずです。

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おわりに

人類が宇宙空間へと活動領域を拡げるとして、自主的な移動というものが許されるとすれば、数値による移動は暗闇を渡るための新たな旅行作法になるかもしれません。DVD『軌跡映画』の帯文で、サウンドアーティストの藤本由紀夫氏はこのように述べています。

設定と実行・・・これこそが、既に映像の中に生きている我々にとっての「around the world」のための旅行道具である。「軌跡映画1Cyclops」には「What a Wonderful World」がある。恐るべし日常である。

そして、個人映画・実験映画・ビデオアートといった芸術ジャンルの歴史に目を向ければ、『軌跡映画』は、ジョナス・メカスの日記映画を発端とする即興的映像制作を継承しつつも、そこに新たなスタイルを付け加えたと僕は考えているのです。




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