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皆、好き勝手なことを言っていますね〜鬼女のうわさ(『徒然草』第50段)

世の中には、いろいろな情報が飛び交っています。

「みんなが言っているから本当だろう」「あの人が言うなら間違いない」と、根拠のない、無責任な情報を信じて惑わされると、思いがけずに時間を取られたり、むだな物を買ってしまったりして、後悔することもしばしば。

『徒然草』にも、うわさを信じた人たちの面白いエピソードがありますので、ご紹介しましょう。

(意訳)
「人間の女が、鬼になったそうだ!」
「鬼が捕らえられて、伊勢国から都へ連れてこられるらしい」
 応長の頃のことです(1311年頃)。
 突然、こんなうわさが流れ、あっという間に広がりました。
 そのため京都の人々は、「一目でいいから、鬼を見たい」と言って、我先にと、鬼の後を追いかけたのです。
「鬼は、もう都に入ったそうだ」
「昨日は、西園寺様のお屋敷で見せ物になったらしいぞ」
「今日は、きっと、上皇様の御所に違いない」
「今は、あの辺りにいる!」
などと、盛んに情報が飛び交っていました。

 しかし、「鬼を見た」と言う人は、どこにもいないのです。
 そうかといって、「こんな話、うそに決まっている」と否定する人もいません。
 貴族も、武士も、一般の人も、都の人は皆、鬼のことばかり、毎日、うわさしていました。
 私がちょうど、東山から安居院の辺りへ向かっていた時のことです。多くの人々が、「一条室町に鬼がいるぞ!」と大声で叫びながら北へ向かって走っていくのを見ました。
 ずっと遠くへ目をやると、人が全く通れないほど大混雑しているではありませんか。
 これは確かな情報かもしれないと、私も気になって、人を雇って調べに行かせたのです。
 使いの者が帰ってきて言うには、
「やはり、鬼を見たという人は、一人もいませんでした」
 本当に、鬼は、どこへ行ったのでしょうかね。
 この日は、夕方まで騒ぎが続き、しまいにはけんかが起きて、けが人が出る事態にまでなったのです。
 結局、こんな大騒動が、都で20日間あまりも続いたのでした。

 それからまもなく、都に病気がはやり、多くの人が苦しみました。
 すると今度は、
「あの鬼のうわさは、病の流行を予言するものだったに違いない」
と言う者が現れる始末。皆、好き勝手なことを言っていますね。

イラスト 黒澤葵

(かいせつ)
 700年前の事例です。根拠のない、無責任な情報が、うわさとして広まって、多くの人が惑わされる様子を、とてもリアルに描いています。ここには、昔も今も変わらない人間の姿が表れています。

(原文)
 応長の頃、伊勢の国より、女の鬼になりたるを率て上りたりということありて、その頃廿日ばかり、日ごとに京白川の人、鬼見にとて出でまどう。
「昨日は西園寺に参りたりし。今日は院へ参るべし。ただ今はそこそこに」など言い、まさしく見たりと言う人もなく、空事なりと言う人もなし。上下ただ鬼のことのみ言いやまず。その頃、東山より、安居院の辺へまかり侍りしに、四条より上ざまの人、皆北を指して走る。「一条室町に鬼あり」とののしりあえり。

(『徒然草』第50段)


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