見出し画像

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<7>

這いよる混沌

 とうとう、ハイハイが始まった。
 綾は好奇心が強いらしく、寝返り打てるようになってから周囲に色々なものを置いて取らせてみていたら、あっという間にハイハイを始めてしまった。まだお腹が床についているので匍匐前進、という感じだけど、それにしても速い。
 僕がちょっと目を離すと、もう部屋の端に行ってしまっている。
 部屋が狭いのもあるけど、それにしても力強い動きだ。
「はう、はーむ、ふう、へ、へ」
 何事かよく分からない言葉を発しながら、綾は自分の気の向くままに這いよっていく。
「ほーら、綾ちゃん、こっちだよ~~」
 宮子はそんな綾をからかって楽しんでいた。
 柔らかいボールを買ってきて、綾が近づいたら転がして遠くにやってしまう。
 それを綾は必死になって追いかけていく。必死、って必ず死ぬ、って書くけど、本当に息も荒くて顔も真剣だから「必死」って感じだ。
「ふん・ふん・ふん・ふん」
 リズミカルに息を吐き出しながら綾が這い回る。宮子がそれをさせまい(?)と先回りしてボールを遠くに転がす。
 ということを数回繰り返したところで、綾の我慢の限界が来た。
「ふ、ふあ~~ん!」
 ゴロンと転がって大きな声で泣き始めた。それを見て宮子は「あちゃ~」と舌を出した。
「いじわるママさん」
 僕がなじると、笑って彼女は綾を抱っこする。
「ゴメンゴメン、ちょっと意地悪だったね」
 そう言って体を左右に揺する。僕は立ち上がり、ボールを拾って二人の傍に持って行った。
「ほら、綾、ボールだよ」
 警戒しているのかすぐには手を出さない。そこで綾のお腹の上にボールを置いてあげた。それでも警戒しているのか、ちょんちょんと触れるだけで持とうとしなかった。
「良いんだよ、これは綾のなんだから」
 そう言って手に持たせてあげると、初めて強く握り返し、そして、笑った。

サポートいただけると嬉しいです。 いただいた費用は画集や資料、イラスト制作ガジェットの購入に充てさせていただきます。