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私たちは何も知らない

ソクラテスの「無知の知」の話が好きだ。好きと言っても哲学書を読むとか詳しいとかそういうことではない。「自分は世の中のことを全然知らない」と思う姿勢が好きだ。

美術関係者が全ての美術作品を理解できるかといえばそうではない。私もアートのことはまだまだ全然知らない。好きな作品もあれば嫌いな作品もある、理解できる表現もあれば理解できない表現もある。

本や映画もそうだろう。フィクションが好きな人もいればノンフィクションが好きな人もいる。美しいものを好む人もいれば、面白さや新鮮さに価値を感じる人もいる。
グロい系映画は苦手であまり見ないが、けしからん!と断罪する気はまるでない。そういう映画を好む人たちを奇異の目で見ることもない。

ライフスタイルが多様化してきていると感じる一方、実際は今やどこに行ってもイオンと無印良品ばかりだ。
デザイナーズブランドのカウンターとして生まれた無印良品ももはや多数派となり、どの家庭にも一つはその商品があるだろう。私もたくさんの無印商品を持っている。

でもシンプルで質の良いもの、誰にでも気持ちの良いものが正義かといえば、そうではない。多くの人が眉をひそめるようなものに、大きな社会問題が内包されている場合もある。一見センセーショナルなものを時間をかけてじっくり見ると、細やかな仕掛けが施されていることもある。

一次情報で反射的に全否定するのは簡単だ。でも、もうすこし時間をかけて答えを出すべき物事も世の中にはたくさんある。
何かわからない種から出た芽を雑草よろしく摘んでしまうばかりでは、豊かな森は生まれない。成長しどんな実がなるか見極める忍耐力も時には必要だ。

インターネット上には、ライフハックのような役に立つ情報は多いが、多くの人に配慮した結果、当たり障りのない無害な物ばかりが目立つ。そしてそれは無意識に心地いいものを集める心理によって助長される。心を打つような、考えさせられるような確かな情報がどれだけ埋没しているのだろうか。

私たちが世の中すべてのことを理解するのは不可能だ。けれど、知らないもの、知らないこと、知らない考えを持つ人がいるということは理解できる。

「知らない」を知ると知欲が生まれる。
そしてそれは、誰からも奪われてはならないのだ。

” BIRTH ” 2014 H910×W727mm

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