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制作拠点のアドバンテージ

私の生まれは東京都だ。とにかく早く自立をしたい人間にとって、東京出身というのは思いがけずハンデとなる場合がある。親もとを離れるのに理由がいるからだ。
闘病中ではあったが、なんだかんだと理由をつけて私は18歳で家を出た。ほどなくして両親が離婚、戻る気もなかったので帰る場所を失ったことにさえ、これといった感慨もなく生きた。
学生時代は通学に便利な場所を転々とし、今は千葉県某所に定住している。とはいえこの土地に特別な執着はないし、梨汁ブシャーにも興味はない。私はチーバくん推しなのだ。

都市型なのは美術業界も例外ではなく、ギャラリーや美術館といった文化発信施設は東京や大阪などの都市圏に集まっている。もちろんこれは日本に限った話ではない。
作家の居住地は様々であるが、発表場所の多くが都市部に集中しているため、制作拠点と発表の場所が近ければ近いほど作家の負担はかるくなる。逆に言えば互いが離れているほど、作品の輸送、自身の移動や発表期間中の滞在費など、時間と費用の負担がおもくなるわけだ。
これらの経費をだれが持つかは展覧会の規模や種類ごとに違ってくるわけだけど、街のギャラリーで開催される展覧会では作家が自分で支払う場面も多いだろう。そういう意味で、都市圏在住にアドバンテージがある。

作家の多くは作り手でありアートファンだ。観たい展覧会へ気軽に足を運べる距離に住んでいるのも利点であり、作家同士の情報交換や、コレクター・ギャラリストと交流を持つのも作家活動を続けるうえで大きな刺激となる。
作家同士の交流を進んで行わないタイプもいるにはいるが、そのような作家は家族があったり何かしらの沼の住民だったりすることが多いように思う。SNSすらしない完璧なまでに孤独への耐性を持ち合わせた「孤高の作家」みたいなひとには、いまだかつて出会ったことがない。

一方で、都市圏以外の出身・在住にも有利な点がある。それは、地元のあと押しだ。廃施設や余剰住居をスタジオとして格安で貸してもらえたり、ある程度評価が定まると「地元出身(在住)の作家」として地域のスターになれる可能性もある。
以前あるギャラリストに「出身地が東京の作家って、あまりメリットないんだよね」と言われたことがあり、私もこれにはうなずいた。

また、都市圏での生活は金銭的な負担が本当におおきい。生活費と同時に充分な制作スぺ―スを確保しようとするなら、どこかに妥協点をみいだす必要がでてくる。
私のような平面作家は空間さえあれば割とどうとでもなるが、彫刻や立体造形系の作家は騒音や換気に配慮しなくてはならず、自然と選択肢が少なくなる。都市圏在住作家の一番の悩みは、より良い制作スペースの確保につきると言えるだろう。

作家のサバイバル術や金銭的自立は、作品の傾向と目指すべき作家像によってアプローチが異なる。20代までは「モラトリアム万歳!」のごとく課題が先送りにされる傾向があるものの、およそ30代以降になるとその人なりのサイクルで生活の基盤を確保していることが多く、友人知人を見渡してみても、みんなしっかりと先を見据えて活動している尊敬できる作家ばかりだ。

SNSの登場によって間違いなく制作拠点格差は縮まっている。だれでも情報を発信することができ、出身・居住問わず作品に魅力があればギャラリーから声がかかることもあるようだ。一方、他人の活動が分かりやすく可視化されるようになったことで、より一層ストレスをかかえる人がいるのも想像できるし、そんな人にも道が開かれるよう願ってやまない。

総じて作家を続けるのは大変だ。でもこれは作家に限った話ではなくて、どんな仕事も始めるより存続させるほうが難しい。
結局のところ、どこが制作拠点として優れているか劣っているかという話ではなく、あれこれ試して自分に合った土地と方法を模索してゆくしかない。その土地のことはそこに住んでみないとわからないし、離れてみて気づくことだってある。

東京都民が東京タワーに上らないように、千葉県民は落花生を食べないのだ。

"Infiltration 1" 2019 H530×W410mm

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