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日米のプロ野球投手におけるバイオメカニクスの違い

今回は2019年に発表された日米のプロ野球投手におけるバイオメカニクスの違いについての研究論文を紹介します。最近肘のに関する論文ばかり漁っているせいかDr. Glenn Fleisigの名前をよく目にします。彼の勤務しているアラバマ州バーミンガムにあるピッチングラボは僕も何度か行ったことがありますが、Dr. Fleisigの知識の深さにいつも度肝を抜かれます。

結論から言うと

簡単に想像できると思いますが、欧米選手は日本人選手よりも身長・体重・運動トルクも大きく、球速も速いのが特徴なんです。ただ一つ不安要素をあげるとしたら肘にかかる内反トルクも日本人選手より大きく、それがUCLの怪我のリスクを上げている可能性があるということです。

一方日本人選手は欧米選手と比べて投球時の肩の内転トルクが大きいこと。加えてボールのリリース時に肩の外転角度が大きいことが分かりました。これらの要素が重なることにより肩の怪我のリスクが上がる可能性が浮上しました。これがストライドの長さと関係しているのか証明するにはさらなる研究が必要ですが、日本人選手がMLBに来る際にこれらの要素を頭の片隅に入れておいていいかもしれません。

1998年から2015年までのデータによると

この期間にMLBで起こった肘の怪我の内、およそ34%に対して手術が必要になりました。アメリカの野球界では肘の内側腹側靭帯、俗にいうトミー・ジョン靭帯の損傷もしくは断裂の件数が年々増えてきています。しかしもう一つの野球大国である日本では少し違って、肘よりも肩の怪我の方が目立つ傾向がありました。

1995年に野茂英雄がドジャースで鮮烈なデビューを果たしてからというもの、日本球界のエース級の選手が続々とMLBに挑戦するようになりました。しかし彼らの多くが肘の怪我に悩まされています。中でも記憶に新しいのが大谷翔平選手ですね。彼の場合は部分断裂の状態でしたが、結局手術という結果になりました。アメリカでは選手が手術を希望するかしないかだけでなく、球団やエージェントの意向もかなり影響されてると、元ロサンゼルス・ドジャースのヘッドトレーナーであるStan Conte氏に聞いたことがあります。

日米における野球の違い

少し話はズレましたが、このように同じスポーツなのに国が違うと怪我の種類にも違いが出てくるのはなぜだろう?ということから今回の研究が行なわれたのでしょう。両国ともボールの円周は22.9cm~23.5cmで、重さは142g~149gとなっていますが、日本は最小値寄りなのに対してアメリカは最大値よりに設定されています。2011年以降NPBはアメリカの工場でボールの生産を行っているので、昔ほど大きさに差が出ることはないそうです。なおボールの材質は両国共に牛革となっていますが、NPBでプレーしたアメリカ人選手に聞いたところ日本のボールは滑りにくいそうです。

ボールに加えマウンドの質にも違いがあります。マウンドの高さは日米に差はないのですが、アメリカで使用される土は赤く粘土質が多いのに対して、日本では火山灰を含む土を使用しています。なのでアメリカのマウンドよりも柔らかく後ろ足を引きずっても抵抗が低くなるという特徴があります。

しかしながらボールやマウンドの特徴の違いが怪我にどのような影響を与えているのかは現時点では不明です。それに対して近年アメリカ国内でのトミー・ジョン靭帯損傷の件数の増加率には一年を通しての投球数が関わっているという研究結果が出ています。数年前までは野球は一般的な学校では春のスポーツで、夏秋冬は別のスポーツをしていました。しかし近年はサマーリーグ、フォールボール、ショーケースといったイベントが一年を通してあるので、気付けば成長期前後の子供が一年中野球をしているというケースが増えてきているので、この研究結果もあながち全くのデタラメという訳ではないかもしれません。

身体の使い方にも違いがある

アメリカ人は日本人に比べて身長が高く骨格もしっかりしているので、その分体重も当然増加します。プロのレベルでは平均球速もアメリカ人投手の方が速いです。また下半身の使い方も少し違います。アメリカ人の子供は通常ピッチングを習う際、前足の着地後膝を伸ばすようにと教わります。なので自然と重心は高くなります。一方日本では膝は曲げたまま投げる傾向があるので、ストライドが長めにとって重心も低くなります。これは韓国のプロ野球選手のフォームをリサーチした時も同じような結果になりました。

今回の研究で集められたサンプル

研究の対象になった選手の身長、体重、平均球速(日本vsアメリカ)

今回は日本は兵庫、アメリカはアラバマ州バーミンガムの施設と異なる施設でデータ収集が行われました。それぞれの国でピッチャー19人が集められましたが、個人的には少し人数が少ないような気がします。彼らの体にマーカーをつけてモーションの解析をしているのですが、解析に使う機材が違うのも少々もどかしいですね。

結果は以下のグラフのとおりです。仮説どおり日本人投手はストライドを長めにとっていたせいか、前足がプレートに対してほぼ直角に出ています。また前足の着時の腰の捻れ、肩の内旋速度、肘の伸展速度もアメリカ人選手より早いという結果になっています。そしてボールリリース時の膝の角度もアメリカ人選手より大きいですね。

動作のパラメーター

続いてトルクはというと下のグラフにもあるとおり全般的にアメリカ人選手の方がより強いトルクを発生させてました。特に肩の内旋と肘の内反トルクにはその差が顕著に出てました。しかし肩の内転トルクは日本人選手の方が高いという結果になっています。おそらくこれはボールリリース時の肩の外転角度の高さによるものだというのが著者の見解です。

トルクのパラメーター

次回の研究ではより多くのサンプル数に対して同じ場所と機材でやってほしいですね。あとせっかくHawkeyeという素晴らしい計測器を試合に取り入れたのでゲームシチュエーションでの計測もまた面白そうです。参考リンクを張っておくのでもっとちゃんと読んでみたいという方がいたら一度チェックしてみてください。

それでは、

参考URL<https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6512154/


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