SaaSアライアンス

とある SaaS のアライアンス -戦略と実務- #SaaSLovers 5日目

小松さんから #SaaSlovers という企画に誘われ、5日目を担当します。

株式会社スタディストでTeachme Biz for Salesforceの責任者をしている木本と申します。

4日目のジェネシア・ベンチャーズ 相良 俊輔さんのnoteもかっこよかったですね。

“Software as a ServiceからSoftware and a Serviceへ”というフレーズはしびれました。

この次に続くのはプレッシャーなのですが...、「錚々たるSaaS loversの皆さんの中で、自分が語れることはなんだろう..。」と振り返ってみて、たどり着いたのが ”SaaSのアライアンス” でした。

私は前職のfreeeでも色々な事業を経験したのですが、振り返ってみると自分がSaaS業界に入ってから発表したアライアンスの提携数が32社(※1)でした。
※1:プレスリリースに掲載した数ベース。漏れてるかもしれません

最も提携を多く実現した「freee 開業応援パック」では、3ヶ月で16社と提携しました。

現職でも、今年はじめに toBeマーケティング社との提携も発表しました。これは、4日目の相良さんのnoteにあった ”Software and a Service” というよりも、 パートナーと一緒に”Software with a Service”を実現する提携と言えるかもしれません。


このnoteのタイトルは、先月発売された「成功するアライアンス 戦略と実務」という本(このnoteで頻出するので、以下「アライアンス本」と呼びます)を意識してつけました。

アライアンス本は非常に網羅的かつ実践的で、「あのときに教えてほしかったよ...」と思うようなことが沢山盛り込まれています。一方で、自分が業務提携を進めるときに考えていたことと重なる部分も多かったので、このnoteの土台にさせていただきました。

前置きが長くなりましたが(※2)、SaaS Lovers 5日目(※3)は ”SaaSの事業提携” について語ります。考え方や流れはアライアンス本に沿いつつ、自分のSaaSアライアンスの経験を具体例(※4)やエピソードを中心に紹介します
※2:本文も長くなりましたが
※3:3/5 23:58に公開したのでギリギリ5日目です
※4:話の流れを重視し、一部は推測や自分の関わっていないアライアンスも含んでいるところがあります

0. アライアンスで実現できること

アライアンス本では「アライアンス」の定義を以下のように定めています。

「独立した企業同士が、共通の目的のために経営資源を交換する、戦略的な連携関係」

「成功するアライアンス 戦略と実務」p.18

本来は、アライアンスに資本提携やM&Aも含みますが、私の経験は業務提携に偏っているので、今回は”業務提携”に絞ります。

業務提携により、SaaSベンダーでもSaaS以外の手段で価値を生み出すことができます。

例1)創業者向けSaaSの場合

たとえば、創業者向けのSaaSを提供している会社は、事業提携により創業者でも作りやすいクレジットカードを発行したり、創業時に必要な物品を優待して使えるような仕組みを提供することができます。

【適用例1】
会社設立freeeでかんたんに登記

会計freeeとfreee開業応援パックで事業開始準備をおトクに済ませる

税理士検索freeeで設立初期でも対応できる税理士・会計士と契約

創業者でも作りやすいfreeeマスターカードライトを発行

社員が増えたら人事労務freeeで人事労務管理

上記の例では、始めと終わりは自社のSaaSサービスですが、その間を提携サービスで埋めることでより広範な創業者サポートが実現できます。

例2)特にスタートアップに特化した場合
たとえば、エクイティ投資を受けたスタートアップだと、早期の事業成長のために限度額が高いカードを作りたいというニーズもあります。

そこで通常のカード発行審査ルールではなく、会計データも参考にして審査をしてくれるfreeeセゾンプラチナビジネスカードのようなカードを開発すれば、起業からすぐに高い限度額のクレカを発行可能です。

さらに、IPO前後で便利な連携サービスも拡充させていけば、企業として様々な面でスタートアップをIPOまで支援できる仕組みができます。

【適用例2】
会社設立freee(法人出資も対応)で登記

会計freeeとfreee開業応援パックで事業開始準備をおトクに済ませる

税理士検索freeeでITスタートアップに強い税理士・会計士と契約

会計データを使ってfreeeセゾンプラチナビジネスカードを発行

会計freeeをIPO準備用のプランに切り替えて上場準備

IPO準備企業や上場企業の開示書類作成業務ツールの開発


自社のリソースで、特定用途にフォーカスしたクレジットカードを発行したり、創業時に役立つ物品を製造することは簡単ではありません。

そのようなときには、自社開発ではなく、アライアンスを手段として取ることができます。

一方で、アライアンス本に書いている通り、アライアンスを進めるためには、自社SaaS業界以外の知識・スキルを駆使する他、自社事業を進めるときとは勝手が異なります。

アライアンスのプロジェクトをスムーズに進めるためには、①多様な知識・スキルを駆使し、②多様な利害関係を調整しつつ、③中長期の未来も視野に入れる必要があります。

「成功するアライアンス 戦略と実務」p.28


そこでまず重要なのが、アライアンスの目的を明確にすることです。


1.戦略策定:アライアンスは何の手段か?

アライアンスはあくまで事業成長のための手段の一つなので、アライアンスの目的を明確にする必要があります。

アライアンス本でも強調されていますが、特にスタートアップでは”ミッションとビジョンに沿っているか”というのが社内外とのコミュニケーションにおいて重要です。他社との交渉材料にもなりますし、社内への説明材料としても重宝します。

会社のミッションに関連し、代表のエピソードもあると最高です。
▼freeeカードの事例▼

ミッションに沿った上で、何を目指すものなのかを絞り込みます。

ほどんどの事業提携は、少人数での新規事業でもあります。僅かなリソースを何のために割くのかを決めることで試行錯誤の数も推進スピードも大きく変わります。

たとえばSaaSでよく使われる指標(たとえば既存事業の認知、リード、成約率、単価、NPS、チャーンなど)のうち、どれを伸ばしたいのか。これを明確にしていなければ、交渉もうまく進められず、事業提携開始後の施策に一貫性が無くなる可能性があります。

目的を決めれば、事業提携によって外部から獲得したいものを考えます。

アライアンス本では、以下の"6つの資源"が紹介されています。

◎アライアンスの対象となる経営資源◎
(1)人材資源
(2)技術資源
(3)生産資源
(4)販売資源
(5)ブランド資源
(6)財務資源

「成功するアライアンス 戦略と実務」p.39

この資源をSaaSに置き換えた例を挙げてみます。

(1)人材資源:Salesforceのプロの知見・コンサルティングノウハウとサービスの組み合わせなど

(2)技術資源:Salesforceのプラットフォーム技術を利用したAppExchangeアプリの開発など

AppExchangeパートナーとなって実感した、セールスフォース・ドットコムとの協業の価値 : 2,500社導入の手順書作成・管理ソリューションをSalesforceに最適化して4か月でリリース

(3)生産資源:クレジットカード会社に発行との提携カードなど

(4)販売資源:地方銀行とのビジネスマッチングなど

(5)ブランド資源:提携先ブランドを冠したOEMなど

(6)財務資源:割愛


また、事業提携ではなく市場取引をしたほうが目的を達成できる場合もあります。意外に「物品購入したほうが早い」というのは見落としがちです。

いずれにせよ、目的やほしい資源を明確にしてから、パートナーの選定に進んでいきます。


2.パートナー選定のための他社&自社分析

目的や欲しい資源を鑑みながら、パートナーを調べます。

アライアンス本では候補の絞り込み方として、①ミッションの適合性、②経営資源の相互補完性、③メンバー同士の相性、の3つを挙げています。

この絞り込みのためには、自社の資源の再評価自分自身の相性分析が必要です。自社がマーケティングやセールスで推しているポイントではなく、「他業界から見た時の魅力は?」と問い直してみると、交渉でのカードが豊富になります。

たとえば、「freee開業応援パック」に書いてあるようなfreeeが開業/創業者を毎月1,000以上入ってくる場所という特徴は、利用者には大したメリットがなくても、提携先にとっては魅力的なポイントとなります。

豪華特典が実現した理由
freeeが紹介料をいただかないこと、そして連携各社からのご理解・ご協力により、コスト軽減を実現しています。

月に1,000以上の開業者がfreeeを利用するからこそ、大企業のような価格条件を利用することが可能になりました。

さらに、中立的な観点で各分野のサービスを比較、厳選し、開業者、創業者に合うサービスを1社ずつに絞り込むことで、皆さまの調査・比較検討の時間コストも軽減します。

freee 開業応援パックページ

様々な観点での自社の魅力を用意しておけば、他社との協業の可能性が高まるだけでなく、模倣も避けられます。

ただ登記サービスを提供している会社が同じことをしても交渉力は高まらないですし、万が一オマージュ企画が成立したとしてもその後に待っているのはry


3.交渉のために”SaaSの特徴”を考え直す

前提として、世の中のほとんどの会社はSaaS提供者ではありません。

提携先の違いをうまく活かし、(使い古された表現ですが)中長期の”Win-Win”を志向する統合的交渉を目指す交渉が成立させるのが理想です。

アライアンス本に交渉のポイントは譲り、交渉の中でよく出てくる他社とSaaSの違いを挙げてみます。違いが出やすい以下の5点は、交渉のカードになりやすいです。

・ミッション/ビジョン
スタートアップだからこそミッション・ビジョンが武器になります。不利な条件を押し付けられたときや、他にない条件を要求する時に、強いミッションは強い理由づけになります。

・MRR vs スポットレベニュー
多くのSaaSスタートアップはスポットの収益で評価されません。逆に多くの企業は短期で売上を上げると評価されるので、スポット収入を捨てる代わりにMRRを実現するような取り組みは成立しやすくなります。

・Webマーケティング
多くのSaaS事業者のSEOやSocialメディアなどのWebマーケティングの知識や適用スピードは、世の中の外れ値レベルです。その部分を提供することで、対価として何かを要求することができます。

・リモート商談/サポート
提携先は「インサイドセールス」という単語を知らないことが多いです。高速でPDCAを回している顧客接点を持っていることは、相手にとっての魅力となります。

・カスタマーサクセス
MRRと絡みますが、サクセスの思想はSaaSならではです。契約者との密なコミュニケーションをとっていることに、よく驚かれます。


大手は潤沢な資源を持っていますが「何でもほしい」というスタンスでは、交渉はうまく進みません。

自社の資産が相手のメリットに貢献でき、相手の資産が自社のメリットに貢献できる形が理想だと思っています。


4.契約は縛りすぎず、縛られないように

私が法律に明るくないというのもありますが、小規模の企業が大企業に"契約で勝つ"ことは難しいです。数十人の法務部に勝つのはまず無理です。

失敗を避けられるように有識者とタッグを組んで、できるだけスタンダードな内容で契約を進めていくのが良いのではないでしょうか。

リスクを避けるという意味でも、契約書類の雛形はスタートアップ側から送るほうが良いと思っています。逆だと、意外な見落としでハマる可能性があります。

契約でフォーカスされやすいのは競業禁止です。競業禁止を契約書に盛り込めるとメリットが大きいので、最初は競業禁止の条項を盛り込んでおくのは手ですが、相手が大手になるほど乗ってくれません。

よっぽどの大きい提携でない限り、競業禁止にこだわりすぎると契約締結までのスピードが落ちてしまいます。

実質的には、競合に寝返った相手が失敗するような提携ができれば理想だと考えています。提携は中長期の施策なので、もし相手が下手に競業して失敗すると、相手が不利な立場になるだけです。


5.事業提携は締結後の推進こそが重要

先ほど事業提携は新規事業でもあると書きましたが、それは相手にとっても同じです。

お互いが新規事業担当として、既存事業の資産をなんとか確保しあうことで事業提携は成立します。

新規事業と既存時ぎゅお

お互いが既存事業メンバーと調整する

開発するなら開発リソースの確保、販売代行をするなら社内の営業社員の説得が必要です。トップダウンでトップが強くコミットする事業ではない限り、公式・非公式とわず味方を増やすのが事業提携担当がメインの仕事だと思っています。

そのためには、社内の協力してほしい部署・メンバーの利害や指向性を把握しておくと動きやすくなります。

私がある提携事業をしていたときは全社・全メンバーのOKRを入手して、一番自分の事業で貢献できるOKRを見つけて、その人と非公式なタッグを組んで提携事業を進めたりしていました。


特に、既存事業の営業メンバーに動いてもらうのは難しいです。

突然ですが、あなたは「明日から家具を売れ」と言われたら、売れるでしょうか?

多くのスタートアップの営業では、自社プロダクトの売り方を高速でPDCAを回して改善していますが、そんな人に別の商材を売れと言っても動いてくれません。何がお客さまに響くかもわからないし、なにより営業にとって売るメリットもピンと来ないからです。


こういうとき、社内向けの認知施策が非常に重要。まずは知ってもらうことからです。

カード事業の担当になったときは、大きいカードのパネルを持って全フロアを練り歩いて社内SNS映えを狙ったり、社内のあるスペースを「freeeカード席」と勝手に名付けて、その席に座る人にインタビューしてSNSにポストしたりして認知を高めたりしました。

知ってもらった後は、より理解を深めてもらうために勉強会を開くことが多いです。以下のnoteも、社内向けの勉強会をもとに作りました。

このような勉強会を社内外で開いたり、社内でのアンケートやテスト企画をやっていくと、味方になってくれそうな人を見つけられて、その後の推進が非常に楽になります。

とくに、業界経験者を見つけたりすると、その後の推進における味方になってくれたり、業界特有のアドバイスをくれます。クレジットカードを担当したときは、前職がクレジットカード会社の経営企画だったメンバーがいて色々教えてもらいました。


6.アライアンス経験を通じて得られるもの

正直、泥臭い内容ばかりですがアライアンス経験では得られるものも多いです。

・他業界のすごい人とと出会える
とくにfreeeカードのときに出会った担当の方は、その後またバックオフィスの人に非常に評判の良い新しいカードの開発にも関わったりと、非常に刺激を受け、勉強させてもらいました。

・自分の知らない自社の魅力に気づける
自分が詳しいはずの自社の新しい魅力を気づかせてくれるのは、ぜんぜん違う業界の人であることも珍しくありません。社外の目線で社内を見るのが当たり前になるので、面接ウケがよくなったりします。

・自社を新しい形で社会に根付かせられる
個人へのメリットだけでなく、事業提携によって、自社を新しい形で社会に根付かせることができます。自社単独でリーチできる領域というのは限られているので、特に社会的なインパクトを重視するスタートアップにとっては新鮮な機会になるでしょう。


7.まとめと参考文献

冒頭でも書きましたが、アライアンスはなにかの手段でしかありません。しかしながら、アライアンスは資源の乏しいスタートアップの可能性を広げる特別な手段でもあります。

事業提携・事業開発はよく「総合格闘技」と言われます。この長いnoteを見ても非常に多方面へのケアが必要なことは間違いないです。

でもこの言葉は、あまり具体的な進め方や意図は語られず、あまりノウハウが蓄積されたり引き継がれていないことは問題だと思っています。

今回紹介した施策がどこまでの成功を生んでいるのかは言えませんが、できるだけ具体的な例を盛り込むようにして書いてみました(※5)。
※5:だれかに怒られたら消しますが、全部ウソかもしれませんし、そのまま真似したら失敗するように設計されてるかもしれません

このnoteがはじめてSaaSスタートアップで事業提携に関わる人の参考になり、少しでも多くのwin-winな事業提携が生まれれば幸いです。

最後に「アライアンス本」と、参考にした資料を紹介します。

「アライアンス本」を読む前に、この対談を最初に見ると理解が深まります。倍速だと30分以内で見れます。


統合的交渉については瀧本さんの本が分かりやすいです。


新規事業の進め方については以下の本は気づきが多いです。


冒頭のロゴは以下のサービスを使って作りました。


ちなみに私はレールガンを見たことありません。

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