#毎週ショートショートnote【心お弁当】

昨今は輸入が滞って、食品の価格高騰が重なり、寒々しいお弁当が多い。
米と梅干しと、なにかもう1、2品だけ。
豪華なお弁当を持ってる人はそう居ない。

「高峯さんのお弁当、すごく綺麗ですね!」
瀬野は隣の席に座る、いかにも坊ちゃんといった育ちの良さそうな同僚に声をかけた。
「ああ、これは妻が張り切って作るんです。そんなに頑張らなくてもいいんですがね」

高峯の弁当箱には米はもちろん、ミニハンバーグや美味しそうな卵料理に、彩りのためのレタス1枚、ミニトマトも1つ、ちょこんと座っている。
おそらく一般の家庭ではこんな立派な弁当は作れない。
高峯がおもむろに美味しそうな、形の良い卵焼きを一切れ、こちらに差し出した。
「良ければ、どうぞ。」
「え!いいんですか…?!」
「ええ、妻も喜ぶと思い…」
「こら!ダメに決まってるでしょう!」

高峯の背から声がして、2人はそちらを見る。
総務部のお局が嫌そうに眉を上げて瀬野を見ていた。
「今の時代におかず交換だなんて!いいですか、個人のものは個人で。瀬野さんのその寂しいお弁当も元はと言えば瀬野さんの責任です!高峯さんも変に人に期待させないでください!」

お局の眉は発言の度にうにょうにょと上下運動をする。瀬野はそれをおかしく思ってみていた。「瀬野さん!聞いてますか!?」
「はい、すみません、」
ピシャリとお局に釘を刺され瀬野は少し凹んだ。
おかずの交換くらいいではないか!

高峯はお局が去っていくのを見送って、瀬野の方へ向き直した。
「まあ、確かに郷田さんの言うことにも一理ありますよね。変に人にホイホイと分け与えてしまったら混乱するというか…」

そうですねぇ、とか、瀬野はなんとなく高峯に同調した会話をしているうちに寂しいお弁当は空っぽになっていた。
何となく、まだお腹が空いてるなぁ

隣の高峯の弁当を見ると、まだ沢山のおかずが残っていてじわり、と嫉みのような感情が広がった。

カラン、と箸が弁当箱の中に滑り落ちて音を立てた。
カラン、と瀬野の心も乾いた、空っぽの音がした。



遅ればせながら…

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