母の日だからこそ、着てあげたかった着物とは


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今回は、母からもらった大島紬のお話。私が着物を着るようになって、母が私に譲ってくれました。

「私はもったいなくて着られなかったから、あなたが着てあげて」と。

“お母さん”に初めてもらった大島紬

聞けばこの大島紬は、母が初めて“母”に作ってもらったものでした。

その母とは義母のこと、私にとってのおばあちゃん。

私の母は小さなころに実母を亡くしています。だから、“お母さん”の思い出はほとんどないそうです。小学校の低学年のころだったといいます。

父(私にとっての祖父)、長男(叔父)、母、次女(叔母)、次男(叔父2)の5人暮らし。日常の家事は子どもたちで賄っていたそうです。

もちろん、子供だけで家事を回していくことは、大変だとは思うけれど、なんとかみんなで乗り越えたのだと思います。

でも。

我が娘との日常を思い返すと、娘が恥ずかしそうに聞いてくる相談事があります。私も、母と同じような状況がありました。

そう。

初潮を迎えたとき、胸が膨らみはじめたとき。

一体、女としての初めてを、母は誰に相談したのでしょう。

母はことあるごとに言います。

「結婚して母ができたことが嬉しかったのよね」

その“嬉しかった”は、私が想像しているよりももっと嬉しかったのかもしれない、と娘との時間を通して感じます。

一度も袖を通さないまま、私のもとへ

嫁と姑という関係以上に「母」を感じていた、私の母。

「お着物を作ってあげる」と言われ、この大島紬を選んでもらったそうです。

嬉しくてもったいなくて一度も着られなかったそうです。母は着物を着る人だったのに。

そして、躾糸のついたまま、私のもとへ。

これでもかというほどの母の想いが宿る大島紬。ありがたく頂戴したものの、しかしさてさてどうしましょう。なかなかに難しいよ、これ。色や柄がとてもクラシカルなのです。

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でもわたし、祖母も母も大好きだから、
きっと好きになれるはず。いや、好きになりたい。

あれこれ試行錯誤して、母の日に着ました。

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散々迷いましたが、気を衒うことなく、きものの柄の色をたよりに帯と小物をまとめることに。

まずは帯。茶や朱などは使わずに、黒を採用。
それから帯揚げには深みのある黄色を選んでアクセントに。帯締めは帯の柄の色を拝借し、馴染ませました。

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小物だけチェンジしてもうワンコーディネート。母の好きな藤色を帯揚げに。帯締めはシルバーの三分紐にアンティークボタンで作った帯留めを。

どちらも色は多く使わず、ヘアスタイルだけちょっとアレンジ。普段も使っているスカーフを巻きました。

難しいなと思っていましたが、想いの宿るきものはやはりお気に入りの一枚になりそうです。

ありがとう、お母さん。これからも元気でね。あなたは保管することで大切にしていたけれど、私は着ることで愛を注ぎますよ^ ^

そして夫や子供たちにも。お母さんにしてくれてありがとう。

そして母のわたしは母の日だろうが通常営業、朝から娘のテストの付き添いでした👘😅
それでも着物を着るわたし😁

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